ベティの『癒し手』。
それは母親から受け継いだ『聖女』の特別な力。

ベティの母サファイアは、それはそれは強力な癒しの力の使い手だった。
イオラはかつて、サファイアを自分の妃に迎えたがっていたらしい。
彼女の家系であるルーチェ家は代々教皇一家と親交があり、皇族は時にルーチェ家から妃を取る事も珍しくなかったという。
とはいえ、ルーチェ家は女系であったために、当主候補に姉妹がいればの話ではあったが。

サファイアにはガーネットという双子の姉がいた。
イオラはサファイアを選び、求婚した。
しかしサファイアは、神に差し出したはずの心を、1人の青年に奪われていた。

その青年はもう死んでいた。
だがサファイアの強すぎる癒しの力が、彼に第二の生を与えてしまったのがすべての発端だ。

イオラはイオラで、弟のクロラに皇位を譲る状況に陥る。
望んだものが何1つ手に入らなかったイオラの人生。
彼は壊れてしまったのだ。皇子として、人として。

見せしめにサファイアを火刑に処し、彼女を愛した青年――アンバーさえも焼き殺し。
大切な妹の忘れ形見を守ろうと、ガーネットはベティの手を引いて逃亡の日々を送るが、国を抜ける一歩手前のカルル村で、まだ幼いベティが見つめる目の前で惨殺されてしまう。
村の住民総出でベティを匿おうとしたが戦争のいざこざであっけなく破壊され、孤独なベティはイオラのもとで『教皇の奇跡』の1つとして消化される日々を送る。



「ベティは聖女の血を引いています。でも同時に、『死体の父親』を持っています。
パパはいわゆる“ゾンビ”だったのです。
白の国が祀り上げているカミサマは、死を穢れとみなします。
つまりベティは穢れた聖女なのです」

ここまで聞いて、ハイネは昔出会った顔ぶれを思い出した。

――おとんとヒメサマと一緒に旅してた、あの兄ちゃんと姉ちゃん……

ハイネの記憶にあるサファイア――サフィは、幸せそうに笑っていた。アンバーも。
あの2人を思い出すと、ぐっと胸が締め付けられた。

「……お姉さん、大丈夫ですか? 涙が……」

「あわ、ご、ごめん!
ベティの話聞いてたら、ちょっと、昔の事思い出しちゃって」

「ハイネ、お前なんか知っとるんやろ?
お前の事、ベティに教えてやれば?」

「うん、そだね……。ベティ、びっくりするかもしれんけど、聞いたって」

ひな鳥のように首を傾げたベティに、ハイネの知る“2人”の姿を語る。

この世界はハイネにとっては遠い未来であり、
2人が幸せに生きた世界もあったのだという事実も、確かにあったのだと。



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