流氷を砕いて進んだ海の先。
白の国の玄関口として少しずつ賑わいを見せ、かつては村と称した地が街へと発展した――というのは、もう過去の話だ。
今ここにあるカルルと呼ばれた地は、街の残骸が無残に朽ち果て雪を被り、破壊の瞬間から時が止まってしまったかのようだった。
戦場の爪痕を掘り返しながら、ここで散った人々の遺品を集めていた老齢の傭兵。
彼は、茫然と街の残骸を見て立ち尽くすハイネ達に、思い出を語るようにこんな話を聞かせてくれる。
「ここにはその昔、聖女として知られるルーチェ家の生き残りが住んでいたんだ。
サファイアって、言ったかな。とても綺麗な女性でね、温厚で慈悲深い、本当に聖女みたいな人だった。
でもその人は、死体となった男を愛してしまったらしい。
男はその聖女の力で仮初の命を得て、やがて2人は結ばれ、女の子が生まれた。
……白の国は宗教の国だ。その象徴を担う聖女が、穢れである死体と恋をしただなんて、笑えないだろう?」
それでも、カルルの街の人々は彼女達の幸せをそっと見守っていた。聖女の癒しの力に救われた民が、せめてもの思いで。
「それでも、イオラ様は赦してはくれなかった。聖女とその夫となった男は、殺されてしまったよ。
死体の男は不死だったが、聖女が死ねば共倒れになる。
男はそれはもう、狂ったように怒った。イオラ様に噛み付いた。それでも、赦されなかった。
ただ、2人の血を継いだ娘は、母親の姉に救い出されて無事だった。
しばらくこのカルルで住んでいたんだが……聖女の姉さんは無残に殺されて、娘は聖都に攫われたらしい。
なんだかなぁ、やりきれないよなぁ」
戦争は、白の国と青の国の間で繰り広げられている。だがそれはあくまでも国同士の諍いでしかない。
巻き込まれた善良な民は、嘆く声も拾われず、ただ犠牲になっていくのみなのか。
「君達は、アルマツィアの方へ行くのかい。じゃあ少し頼んでもいいかな。
この指輪を、もしも攫われた娘と会えたら、渡してあげて欲しい。
君達で見つけられなかったら、近くへ行けそうな人に渡してくれてもいい。
……こいつは、俺がここを掘って見つけた遺品だ。聖女の、姉さんのな。
俺が届けてやりたいが、いかんせん、老体に鞭打ってここに立っている。全うできそうにないからな」
ハイネが両手で受け取ったのは、深紅の宝石の指輪だった。
少し傷がついているが、それでも十分すぎるほど美しい代物である。
「きっと、届けるよ。
おじいさん、無理せんで、でもがんばってな。
……遺品だけでも帰ってきたら、待っとる方は、安心するから」
ハイネの胸元で、銀の指輪がわずかに揺れた。
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