今から26年ほど前の事だ。
コーネルの姉リシアは、北の大地に君臨する白の国の王、『教皇』のクロラという青年に嫁いだ。
それはコーネルとリシアの父であり、先代王だったラズワルドが決死の覚悟で手繰り寄せた幸運。
白の国はこの世界に存在する5ヶ国で最も力を持つ勢力であり、彼の地と婚姻の関係が結ばれれば、その恩恵に数多の財力と文化の発展が約束される。
5ヶ国の中にはクロラの妃候補となる女性王族が数人いたが、クロラの父アルマス9世がその中で選んだのはリシアだった。
リシアは青の国の未来を背負ってクロラのもとへ嫁ぎ、やがては彼の寵愛のもと、宗教の色が強い白の国では聖母のような立場へとのぼる。
クロラとリシアは良好な関係の夫婦として知られ、元より平和主義的であったクロラの治世はまさに恒久的な安寧と秩序を約束していた――かのように思われた。
教皇夫妻の婚姻から6年後に、事態は暗転する。
生まれつき病弱であったクロラが重い病に倒れ崩御。夫妻にはまだ後継となる子供がおらず、クロラの実兄であるイオラという男が教皇を継いだ。
表向きのイオラは慈悲深い、教皇らしい威厳と慈しみに溢れた青年のようであったが――その本性は、もっとも信じるべき神の顔を躊躇いなく踏みつける背信者であった。
彼の戴冠からは、まるで坂道を転がり落ちるかのように、平穏の日常が圧政によって支配されてしまった。
夫に先立たれたリシアは哀しみに沈み、愛する人が作り上げた平和を無残に破壊してしまったイオラに反旗を翻す。
これまでの妃としての姿と圧政に苦しむ民達の支持もあり、瞬く間にリシアは『救世主』、『勝利の女神』などと賛辞を浴びる存在になる。
それと反比例するかのようにイオラに対する不支持が膨れ上がり、民の心は新たな教皇から離れつつあった。
そこまでは、輝かしい道筋なのだが。
――イオラはついに、先頭に立って旗を握るリシアを『暴徒を率いる魔女』と揶揄し、どこか人知れぬ塔の中に1人幽閉してしまったのだ。
その後の彼女の消息は不明だ。
旗印を失くした民は、絶望に落ちて灰色の日常に屈してしまう。
イオラに立ち向かう勇気を出せる者はもういなかった。
圧倒的なカリスマ性を持っていたリシアを見せしめにされた彼らは、もう刃向う気力を失くしてしまったのだ。
だがつい最近、リシアが幽閉された塔で彼女の世話役をしていたという人物が命からがら青の国まで亡命し、リシアの弟であるコーネルに、希望の光となる彼女を何とか救い出してほしいと切に願ったのだ。
リシアはこの世界の歴史の中から消された、もう命はない、という風潮が一変。
20年もの間たった1人で暗い塔に閉じ込められ、死ぬに死ねない環境の中にいるリシアの事を知ったコーネルは、すぐに白の国側に抗議書を叩きつけた。
しかしもはや婚姻も同盟関係も希薄になっていた教皇側からは、羽虫の如く煩わしいとばかりに大した返事もされず、ついに火が付いたコーネルは白の国に対して宣戦布告をしてしまった――……。
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