「ほ、本当に、……ありがとうございました」
カイヤは深々と頭を下げる。
「あぁ、死ぬかと思いました。さすがにねぇ。
というか、たぶんあの感覚は臨死体験ですな。論文書きますか」
「アンリ~……アンリ~……ううっ……アンリ、アンリ……」
サフィの治癒で深い傷は一瞬で癒され、それでも貧血気味にクラクラと空を見つめるアンリだが、命に別状はなさそうだ。
ソファに横たわる彼に縋りつくマオリは、先程からずっと泣きながら彼の名を延々と呼んでいる。
「それで……グレンさんの話だと、陛下が覚えのある頭痛がしたから、白の国からはるばるグレンさんを呼び付けた、と」
「そういうこった。変な雲がこの学校の上にあるもんで、いつぞやのミストルテインを思い出したんだとよ」
カイヤは思わず微笑んだ。
コーネルが自分を気遣ってくれたのだと思うと、昔の絆がふと心に過る。
彼なりに、カイヤと――もしかしたらクレイズをも、守ろうとしたのかもしれない。
「サフィも、本当にありがとう。サフィのおかげで、アンリ先生が助かったよ。
なんだか旅をしていた時よりもすごい力の強さ……だね?」
「はい。『あれから』、私は各地の小さな村を渡り歩いて、病気や怪我の皆さんに寄り添ってきました。
今はアルマツィアの宮殿の近くにある大聖堂でシスターをしているんです。
時々アンバーさんが恋しくなってしまうのですが、私のこの力の中に、あの人の魂も宿っているんじゃないかな、なんて……」
サフィはそう言って照れた風に微笑んだ。
6年前に比べるとすっかり大人の女性となった彼女だが、微笑みの中には優しい面影がしっかり残っている。
「それにしても、過去と未来を手にしようだなんて……。
私はそんなつもりで発明をしたわけじゃないのに」
「嬢ちゃん。科学ってのはな、いつの世もそういうモンなんだよ。
優れた技術ってのは、時に意図しない形で使われる。今も昔も、だ。
サルが肉を切るために作った刃は、いつしか同朋を殺す武器になっちまった。
誰にも止められやしないのさ。そういうのが『歴史』だ」
ぐい、とコーヒーを飲み干してふんぞり返るグレンは、相変わらずの食えない笑みを浮かべている。
「で、どーすんだよ、嬢ちゃん。
クーちゃんだけならまだしも、嬢ちゃんまで命を狙われるハメになっちまった。
どっか逃げるか?」
「いえ。私はここに残ります。
ハイネさんがアンリ先生に話した『ヒミツの話』、その中身がよ――――くわかりましたので。
……まったく、一人前にオトナを気遣うだなんて。今度連絡がついたら、ビシッと叱ってやります。
『もっと有りのままの情報をぶつけてこい!』ってね」
「ふふっ。カイヤさんも、もうすっかり素敵な大人のお姉さん、ですね」
ひとまずの危機は去ったと見ていいのだろうか。
――窓の外では、いつの間にか雨が降り出していた。
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