6年分の魔力。
それが、この観測器の中に注入されていた。

「カイヤさんが6年前に先輩からもらった懐中時計に、毎日のように魔力を“貯金”して……
1日分を1人分と単純計算すると、6年間溜め続けた魔力の規模は最低でもおよそ二千人分……」

「はい。でもそれは一般の方の基準です。
私の父は『半悪魔』という、人間と悪魔の間に生まれた人です。
その血を継いでいる私の1日分の魔力は、一般の2倍から3倍ほどですかね」

「つまり、少なくとも懐中時計には四千人……ないしは、六千人分の魔力が込められていた、と」

「そういう事になります。
かつてこの世界から一番近い『隣の世界』に渡った時は、7人移動させるのに1万人分くらいの魔力を消費しました。
今回、ハイネさんはただ1人で、六千人分の魔力で別の世界に飛んだので……」

「……かなり遠くまで飛んだかも……しれませんねぇ……」

カイヤとアンリの間に沈黙が流れる。

「どうやら、消費する魔力量を制御する回路が不調だったみたいです。
小出しで使うはずのエネルギーを、私の6年分の苦労を、たった一瞬で消し飛ばしてしまった……」

がくりと項垂れる彼女。さすがにそこには同情する。

「魔力を貯め込んで、何千人分もの量を確保する……。
地道かつ堅実な手段ながら、突飛な事を思いついたものですねぇ。
魔力とは本来、常に体内を巡って消費と生産を繰り返す、増えもしなければ減りもしない恒久的なもの。
それを貯め込める媒体があった事もまた驚きですが……。
でもなんでまたそんな事を?」

「……アンリ先生って、答えを見ながら宿題をする生徒ってどう思いますか?」

回路を調整していたアンリが手を止める。

「どうって、別に。
したければすればいい。そこから得るものがあるのなら一概に悪い事とも言えませんし」

「私はね、それをやろうとしたんです。
隣の世界の科学を覗いて、博士を助けようとした」

「なるほどね……」

カイヤは設計図を描き直す手を進めつつも溜息を漏らす。

「もはや学者として邪道です。でも、博士を助けられるなら、私は学者でいられなくなったっていいと……そう覚悟してこの装置を造りました。
私を尊敬してくれている弟子や教え子を裏切るような真似になりますが……」

「まぁ、いいんじゃあないですかぃ」

えっ、とカイヤは顔を上げる。アンリは機械に釘付けのままだ。

「学者が理論付けて真実を発見するのと、カイヤさんが『隣の世界なら』と予想して答えを探ろうとするのと、そう違うものでもないと思いますが。
先輩は怒るかもしれませんけどねぇ。あの人、頭カタいから」

ねっ、とアンリはイタズラっぽく微笑む。
――カイヤが内に溜め込んでいた淀みが消えたような気がした。




-66-


≪Back | Next≫


[Top]




Copyright (C) Hikaze All Rights Reserved