コンコン、とノックする音。
そっと扉を開けて研究室に入ってきたのはクラインだった。
「また徹夜ですか、兄さん」
「君もでしょ。天体観測は捗った?」
「えぇ。昨夜は珍しい星が出ていましたからね。といっても、あの星が出るタイミングというのは、いつもよくない事が起きる前触れなのですが」
クラインは赤い封筒をクレイズに差し出す。
「それって……」
「……兄さん。ついにこの時が来たようです」
傍のソファで眠りこけているハイネを起こさないようにそっと席を立ち、クレイズは封筒を受け取る。
宛名は彼自身、差出人は――国の勅命。国王の印が押されている。
「“招集命令”です。いよいよ戦争が起きるようですね」
「ふふ。馬鹿だなぁ、国王は。僕みたいなしがない学者を戦線に出したって、何も出来やしないのに」
アリアと違ってね、と彼は皮肉な笑みを浮かべる。
――それでも。
国王の勅命で、それも名指しで招集命令が出されれば、拒否権などないも同然。
拒んでしまえば、背反と見做されて重い罰が下される。
「従っても死、従わなくても死。これはもう、さすがに潮時かな、僕も。
まぁ、いいけどさ。そろそろ終わりたいと思っていた頃だから」
「兄さん、一体どういう……」
「僕は従わない方を選ぶよ」
クレイズは封筒をそのままゴミ箱へ投げ捨ててしまう。
「そんな事をしたら……。
生き残って戻れる可能性だって」
「僕は第三の選択肢をとる。
無駄に長々と生き長らえてしまった命だ。最期だって、ワガママに決めさせてもらうさ。
ずっと探していた“声”を聞いたら、すぐにでもね」
クラインの視界に、ギッシリと計算式が描き込まれた紙が映る。
「……解けた、のですか」
「概算だけどね。それでも、この居眠りしているイレギュラーさんは跳んで喜ぶと思うよ」
クレイズは少女の寝顔に目を細めた。
「孫にでも会った気分だよ。もうそれだけで、僕の“20年”は報われた」
うーん、と寝ぼけたハイネが声を上げた。
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