皆が寝静まった深夜でも、ハイネとクレイズは粗方の修理を終えた機械を照らす明かりの下に座っていた。
書き連ねては丸められる計算式の紙。
ハイネの世界へ至る『解』は、あまりにも遠かった。

「そもそも『世界』そのものを数値化しようなんて、途方もない話。
世界には何億もの人がいて、個々人がそれぞれの意思で行動し、それが輪のように広がって、やがて『歴史』と呼ぶべき集合体となる」

極論を言えば、ハイネが住む世界の住人すべての思考回路を網羅すれば、同じ条件に合致する世界が「ハイネの世界」という解だ。
とはいえ、たった1人の思考回路でさえ無限の可能性があるというのに、それを何億人ものパターン分考慮するなんて、いくらなんでも無謀すぎる。

「さて……。ただ1つ、確定した数値というものがある。これが重要だ」

クレイズは紙面から視線を外してハイネを見やる。

「最も大きなヒント。それは、『ハイネ君がうっかり別の世界に飛んでしまう事故を起こす』、という条件だ。
その“うっかり”の可能性がどれほどのものかは正直わからないけれど、そうそう多くはない条件であるはず。
今の僕に出来るのは、その“うっかり”を数値化して、合致する条件を持ち合わせた世界全てに君の声を届けること。
もしその中に君の元いた世界があれば、君の師であるカイヤだけは応答してくれるはずだ。
その微弱な反応が出ている位置を特定できれば、君の世界の座標を割り出せる。
あとはその座標に向かって世界を移動すれば、理論的には君は元の世界に帰れるということになる」

「カイヤ先生、ちゃんと返事してくれればいいけど」

くすくすと笑うハイネの横で、クレイズが改めて白紙を広げる。

「それじゃあ早速。
ハイネ君、覚えている限りの『君の過去』を全て僕に話してくれないか。
まず0歳から14歳までの君の人生を、大まかな数字にする。その条件を持った『君』がいる世界を探して、その中で『事故』が起きた世界を絞り込む。
少し手間だが、虱潰しにやっていくしかない。……いいね?」

「……わかりました。全部話します」

ハイネはゆっくりと目を閉じ、一番古い記憶の断片から辿り始める。




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