クレイズがハイネに差し出したもの。
――古くなった懐中時計だ。

「本当は、妻の……アリアの遺品なんだ。
妻の形見として僕が受け取って、そしてカイヤが成人した日にお祝いとして渡したもの。
一見ただの懐中時計なんだけど、本当は『魔力時計』といってね。
この時計は魔力を蓄える構造が成されているんだ。魔力の貯金ができるとでも言おうか。
そして、その魔力を原動力にして“ヒトを一瞬で別の場所に移動させる”機能が生まれる。転移魔法の代替となる代物だ。
今は作れる人がいない、ロストテクノロジーというやつだね」

懐中時計を覗き込んでいたユーファは唸る。

「こいつぁすげぇ。城の宝物庫でも見た事ないで。
確かに、こんなもん見たら誰でも欲しがるやろな。それこそ、“殺してでも”ってな」

「お詳しいんですか、ユーファさん?」

トキが尋ねると、彼は頭を掻く。

「詳しいってほどでもないが、昔お袋が欲しがっててなぁ。
『魔力時計があれば今すぐヴィオルに一発拳をブチ込めるのに』ってな」

ハイネ達から苦笑いが漏れた。
クレイズは手のひらの中を見つめながら続ける。

「カイヤが何故この時計を必死で守り抜いたのか。
もちろん、母親の形見だったからというのもあるだろうけど……
ほら、まだ時計は動いているだろう?
実はこの針、カイヤの魔力が動かしているんだよ」

カチ、カチ、と時を刻む音。
いくらか年季の入った盤面だが、針は動き続けている。

「あの子はこの時計の中に、これを受け取った日から死ぬまでの間の自分の魔力を“貯金”していたんだ。
成人から、死ぬまでの間だから……2年分くらい、かな。
これは推測だけど、あの子は、この時計に蓄えられるだけの魔力を貯蔵して、『世界線観測』に使うつもりだったんだと思う」

別の世界へ触れるには、気が遠くなるような規模の魔力が必要になる。
そこでカイヤは、本来は循環を繰り返す魔力という物質を、時計に込める形で蓄え、少しずつ貯金していた。
いつか来る、他の歴史への干渉の機会に使うために。

「たった1つ、カイヤが生きていた証になるもの。それがこの懐中時計。
この中には、僕の娘の……“命”が吹き込まれている。
今後、恐らくは“二度と使われる事のないはずだった”命がね」

クレイズはハイネの瞳を見つめる。
貫かれそうなほど鋭い視線。

「君の世界ではカイヤがまだ生きている……そうなんだね?」

「はい。それで、うちのとこのカイヤ先生も、『世界線観測』をして、だからうちがここに来て……」

説明していくうちにゾワリと鳥肌が立つ。
形は違えど、カイヤが今辿っている道の先が見えてしまう。
辿り着く場所はある1点に収束している。

――カイヤの死、だ。

「そっちの僕は何をしているの?
カイヤが今やっている事はとんでもない事なんだ。その命を脅かす事と同義だ」

「……こっちの、クレイズ先生は……
眠っています。“ずっと”」

えっ、とクレイズは思わず呟く。
ハイネは、自分が知るカイヤとクレイズの姿を語った。

こちらの“クレイズ”は、毒のせいで昏睡状態のまま数年、眠り続けていること。
カイヤはクレイズを助けたくて、解毒剤の研究を続けていること。
その研究のヒントが欲しくて、別の世界を観測しようとしていること……――

「僕が、そんな事に……」

沈黙が流れる。
その中でも、秒針の音だけは小さく響いていた。




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