その昔、僕には家族がいた。

妻はアリア。僕と同じ学者だ。当時はまだ珍しい女性の錬金術士だった。
彼女と結婚して生まれたのが娘のカイヤ。妻に似てサッパリした子だったよ。

僕達は昔、黒の国に住んでいたんだ。
だけど、今から40年くらい前だったかな。大きな戦争が起きた。黒の国と、赤の国のね。
アリアは治癒魔法の心得があって、医学にも明るかった。だから、戦線に召集されたんだ。
そこでアリアは死んでしまった。僕と、まだ赤ちゃんだった娘のカイヤを遺して。

とても、とても辛かった。代わってあげたいとさえ思った。
それでも、僕にはカイヤをたった1人遺して逝く事なんてできなくて。
僕はカイヤと一緒に青の国に移り住んだ。

だって、妻の犠牲の上に成り立つ国になんか、住みたくないだろう?



カイヤは、十数年も経てば一端の学者になった。
でも、賢すぎたんだろうね。
あの子は、“アリアが生きている世界”をこっそり探し始めたんだ。
たぶん、情けないくらい落ち込んでいた僕のためだったんだろう。
せめてどこかで生きているアリアの声を聴かせて、僕に前を向かせようとしたんだ。

それが仇となった。
どこからか、カイヤが研究していた『世界線観測』の噂を聞きつけた者共が、こぞってカイヤの知識と技術を欲したのさ。
僕は何も知らなかった。僕はカイヤがそんな大それた研究をしていたなんて知らされていなかったから。
もしそれを知っていたら、僕はすぐにでも“それ”を手放すように言えたかもしれないのに。
僕のために作り上げたっていうんだから、遣る瀬無いよね。
それを知ったのが、あろう事か、カイヤ本人が死んでしまった後だっただなんて……――。



『その日』は、偶然。本当に偶然、カイヤはここに1人でいた。
僕は授業中で、アンリ君は休日だったから出掛けていたんだったかな。
本当に、誰もいなかったんだ。

仕事を終えて戻ってきた僕は、血塗れで倒れているカイヤを見つけた。
痛かっただろう、苦しかっただろうに、あの子は『あるもの』を握りしめたまま事切れていた。
絶対に手放さない、と命懸けで守り抜いたもの。
それは……――



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