――この人が、クレイズ先生……。



ハイネは息を飲む。
彼こそが、本人ではないにしろ、ハイネの世界では三賢者として名を馳せた学者。
そして、カイヤの『父親』。

「いらっしゃい」

ぽつりと彼は呟いた。
もてなす言葉というよりも、ただ事務的な挨拶のよう。

「何の因果かな。そこの姉弟はアンリ君の子供、だったっけ? そちらはユーファ王子だろう?
どんな流れで知り合ったかは知らないけど……極めつけの“イレギュラー”な客人だよ。
初めまして、異世界の人。僕がクレイズ・レーゲンだ」

「は……ハイネって言います。よろしく……お願いします」

「まぁ、適当に掛けてよ。コーヒーでいいかい?
ここにはそれくらいしかなくてね」

渋い顔をしたアキを見たクレイズは、薄く笑って砂糖のボトルとミルクを差し出す。

――あっ、このボトル……

カイヤが使っていたものと同じだ。
蓋を開けてみると、可愛らしい動物の形をあしらった角砂糖が顔を覗かせる。
思わず砂糖とクレイズの顔を交互に見たハイネに、彼は苦笑いだ。

「僕はこういうの使わないんだけど、娘がね。昔好きだったんだよ、こういうの。
何となく詰めちゃうんだよね。好きなだけ使っていいよ」

それで、とクレイズはハイネの正面に腰掛ける。

「アンリ君にも聞いた事あるかもしれないけど、率直に言うと、僕には君を元の世界に戻せる力はない」

覚悟はしていたが、いざ真正面からそう言われるとなかなか心に来るものがある。
だが今は、それよりも重要な事があるのだ。

「うちの帰り方は、後回しでいいんです。
何か……うちが元いた世界に連絡できるような、そんな手段ってありませんか?
どうしても、今すぐ『カイヤ先生』に伝えなきゃいけない事が……」

言いかけて、ハイネははっとした。
クレイズが目を見開いている。

「君……『カイヤ』の教え子なの?」

頷くと、彼は「そう」と呟いてゆっくりと目を伏せた。

「クレイズ先生。つらいってわかってる、失礼だってわかってるんですけど……
聞かせてくれませんか? 『カイヤ』先生のこと」

「……それを聞いて、君はどうするんだい?」

「うちの世界のカイヤ先生を助けたいんです。もしかしたら、こっちのカイヤ先生も、この世界と同じ運命かもしれんから。
この世界でカイヤ先生がどんな最期だったかを知れたら、まだ間に合う。……救えるかも、しれへんでしょ?」

ハイネをじっと見つめる虚無の瞳。
ただ冷徹に、彼女の内面を分析しようとしているかのような視線。
ゴクリ、と喉を鳴らして待っていると、クレイズは砂糖を1つ、自分のカップに落とした。



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