かつて、君のように他の世界を渡りながら旅をした男がいた。

最初のうちは、自らの願いとは無縁の事象にも快く手を貸していた。
だが、彼のその行動で、ある世界では大きな戦争に発展し、またある世界では滅びゆくはずの歴史を塗り替えた。
そうしていくうちに、渡り歩く先々の世界はどんどん姿形を変え、彼が望む未来を持つ『ゴール』は遠退いて行った。
その事に気が付いた彼は、自分の目的以外の事象に関わる事を切り捨てた。

だが遅かったのだ。数多の旅路の中で疲弊した彼は人間的な心を失くし、ただ目的を目指すだけの『概念』に成り果てた。
しかしその概念は人為的に作られたもの。多くの世界に『ウイルス』のように浸透し、もともとの歴史を歪めてしまう。

その概念はある1人の人物の存命を目的とし、その他の影響は一切鑑みない。
『彼』が振りまいた歪みのタネが、“死ぬはずのなかった人物”を死に追いやり、“死ぬはずだった人物”を生かしてしまった。

1つ1つは大した影響のないものかもしれない。
だが、積もり積もれば世界の根底を覆してしまう。

例えばそれは、君が愛する人物が、見えない力に阻まれるように命を落とす運命にしてしまうかもしれない。
あるいは、無数の世界全てから、ヒトという存在が消えてしまうきっかけになってしまうかもしれない……――。



「今ここにいる私は、ここにあるすべての世界の過去、現在、未来を見る事ができる。
過ぎ去った時間は戻せないが、未来を元の形に戻す事なら、私には出来る。
その結果、私がまだ“ヒト”であった頃に愛した人物、憎んだ人物の運命が反転したとしても、私は修正し続けるだろう。
“私のために”歩き続けた『旅人』への、せめてもの“はなむけ”だ。
彼の想いが、ただの歪みとして残り続ける事のないように。
誰かから恨まれるような、悲しい結末にならないように……」

そう、その男の物語の始まりと同じ場所に、ハイネは今、立っている。

「愛しい面影、懐かしい光景。たくさん、たくさんあるだろう。
だが、それらに必要以上に心を入れ込んではいけない。
これは、ここにある世界が紡ぐ歴史をすべて守るための忠告でもあり、君の心を守るための忠告でもある」

足下がふわふわと揺れる感覚。
徐々に、その空間を認識する意識がなくなっていく。

「旅人さん、どうしてうちなんかに……」

「当たり前じゃないか」



――君のお父さんの願いなのだから。

――その命と引き換えに“私”の手に託してくれた、たった1つの、最期の願いだ。



皆に温かく愛され、時に笑い、泣き、怒り、誰かを愛する。
そんな当たり前の幸せを、彼の代わりに、私が守りたいのさ。




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