――夢を見ていた。
手のひらほどの丸い光が、真っ暗な空間に無数に浮かんでいる。
ハイネがその光を掴もうとすると、ふわりと消えてしまう。
「ははは。こいつらは繊細だからな。強く触れてはいけない」
聞き覚えのある声がする。
コツ、コツ、と近づいてきた足音に振り返ると、誰かが立っていた。
光を纏ったような真っ白の髪は肩につくくらいの長さ、背格好は――トキと同じくらいだろうか?
上品なシルクのリボンを胸元に結び、その結び目に可愛らしい指輪を通している。
一瞬見ただけでは性別がわからない中性的なその人物は、赤紫の瞳を穏やかに細めていた。
「……ヒメサマ?」
無意識のうちにそう呼んでいた。
それを聞いた“ヒメサマ”は、嬉しそうに笑う。
「懐かしいな。皆が私をそう呼んでいた頃もあったものだ」
――私は、しがない『旅人』だよ。
彼女はそう言って、ゆっくりとハイネに歩み寄ってくる。
恐怖はない。むしろ、懐かしくて、でもどこか現実離れしていて。
「ほら。“君が住んでいた世界”はこれだ」
旅人は指をさす。他の無数の光となんら変わらないそれを覗き込むと、様々な視点からの光景が映像のように流れていた。
「そして今、“君がいる世界”はこれだな」
今度はその光のすぐ隣に浮かんでいる光を指さす彼女。
なーんだ、とハイネは声を上げた。
「すぐ隣やったんか。なら、なんとか……」
「いいや、それは違うな。
この2つの世界の間には大きな隔たりがある。一番近いのに、“一番遠い”世界だ。
学生の君にわかりやすく説明するのであれば、『359度』傾いた世界とでも言おうか。
限りなく一回転に近い、だがほんのわずかなズレのせいで、0度には程遠い。
君が元の世界に戻るためには、“359度分”元に戻さねばならないのだよ」
光を包むように、旅人はそっと手のひらをかざした。
「君の師は、彼女が思うよりもずっと強大な力を秘めていたようだな。
それこそ、まったくかけ離れた別世界に飛ばしてしまうほど。
私には見えるよ。真っ青な顔で君を必死に探している師の姿が」
――カイヤ先生……。
少しだけ、安堵の笑みが漏れる。
「さて、君に1つ昔話でもしようか。
そしてこれは忠告とも言える」
旅人は後ろで手を組んで、ゆっくりと歩き出す。
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