遠くから聞こえてくる潮騒。
部屋に明かりも灯さず、ただ穏やかで深い暗闇の中で机に突っ伏す青年が1人。
目を閉じれば、波の音だけが響いてくる。
このまま泡のように消えられたら、どんなに楽だろうか……――。



「兄さん。眠るならベッドで寝た方がいい」

そっと肩を揺する手。
億劫そうに顔を上げた青年は、ぼやけた視界の中で眼鏡を探す。

「……なに、何か用?」

ほとんど無感情に近い淡泊な言葉に、微睡を妨げた方の青年は肩を竦める。

「手紙、来てましたよ。緑の国の女王陛下から」

「……なんで僕に?」

「知りませんよ。
……まったく、また徹夜ばかりして。
そろそろその酷いやつれ顔を治しておいた方がいいのでは? まるで死人のようですよ」

仕方なさそうに眼鏡をかけた彼は、受け取った手紙を眺める。
傍に置いてある古ぼけたランタンに明かりをつけ、面倒臭そうにそれを開封した。
不安定に揺れるような赤と金の瞳が、手紙を読み進めたところでピタリと止まった。

「……兄さん?」

思わず声をかける彼の弟。

「何コレ……。性質の悪い冗談のつもり?
……信じらんない」

兄が少なからず困惑気味である様子を察した青年も、その手紙に目を通す。

「……おや。なんだかとんでもないお客人がいらっしゃるようですね?」

持っていた手紙を兄に返すが、受け取った流れで彼はそれをヒラリと雑に机の上へ放る。

「もう他人と関わるのは疲れたのに。こんなよくわからない人を押し付けてくるなんて……
あの女王、どうかしてる」

フラフラと寝室に向かう背中は、元の痩躯よりも更に儚く、弟の目には映った。



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