薔薇のような香りの茶を手に、ジストは世界地図を広げる。



――青の国の国王はコーネル・ヴィント・オリゾンテ。ジストの古い友人であり、長年の同盟相手でもある。
この部分はハイネの知る史実と同じだ。

ところが様子がおかしいのが白の国の方だ。
現在教皇の立場にいるのは『イオラ・オステオン・グラース』という人物。
アルマス9世の二番目の息子であり、類稀な知性と人望で皇位を勝ち取った男だという。
その裏では、自身の兄と弟達を狡猾に葬り去ったと噂されている。

「イオラ……?
確か、うちの世界では教皇はクロラって人で……」

「それだったらどんなに平和な世界だった事か。
否、クロラが教皇であった間は実に平穏な世界ではあった。
だが20年ほど前に突然命を落とし、彼に代わって皇位を継いだのが兄のイオラだ。
公にはクロラの死因は病死となっているが、実際は仄暗い陰謀に巻き込まれた悲運だったのだろう。
クロラの妃であったリシアという女性は、先述したコーネルの姉に当たる人物なのだが……
どうやら、前教皇の妃という立場が疎まれ、虐げられた状況にあるらしい。
それで、コーネルがいよいよ痺れを切らせて、白の国に喧嘩を売ってしまった、ということだ」

「そうか。それで物騒なせいで関門がキツくなってたってわけやね?」

隣で茶を飲むトキに目をやりながらハイネは納得する。

「ハイネよ。メノウからも聞いたかもしれないが、青の国へ渡るなら急いだ方がいい。
いつ戦争が始まってもおかしくない状況だ。戦争が始まれば、入国するにも骨が折れるだろう。
というか、すでに警戒は始まっているかもしれない。なんせこの私からの『助けてくれ』という言葉をあのコーネルが断ったのだ。
いよいよ自国の事で手一杯になり焦り始めているのだろうよ」

「私達、この年齢ですし、ただの旅人ですけど……
もう入国が難しくなっているかもしれないですね。大丈夫でしょうか……」

茶菓子の破片を口元につけた弟を世話しながらトキはぼやく。
だがその言葉を待っていた、とばかりにジストはニンマリと笑う。
――この笑い方、ユーファとそっくりだ。

「案ずるな。フフフ、こんな事もあろうかと息子を2人産んでおいたのだ」

「んなまさか」

すかさずの夫の返しを笑いながら受け流し、ジストは誰かに「入ってこい」と命ずる。
現れたのはユーファだ。

「呼んだか、お袋?
やっと罰し方が決まったんかいな」

「あぁ、決まったとも。
ユーファ、お前のような出来の悪い可愛い馬鹿息子に究極の罰を与えてやろう。
――ここにいるハイネの護衛をするのだ!」

「「は?!」」

ハイネとユーファが同時に声を上げる。

「どうせお前は城で謹慎しろなどと言ってもフラフラと遊びに出かける奔放な奴なのだ。
だったらその命を懸けて、ハイネを守る旅に出ろ。
……お前がいれば、青の国への入国も問題なかろう。なんせ私の息子だ。
今度はヘタを打たぬように、私が公に発表しよう。“第一王子ユーファは今、旅に出ている”とな。
その代わり、ハイネが無事に旅の目的を終えるまでこの城に帰ってくる事は絶対に許さん!!」

「え、えぇ……?
俺は全然構わんけど、えぇのか、親父?」

「お前、ハイネに命救われてんやぞ。だったらお前も死ぬ気でこいつを守れや。恩を返して度胸と常識つけるまで帰ってくんな、アホ」

――なんか、思ったより大事になってきたなぁ……。

さぞ嬉しそうに「よろしくな」と握手を求めてくるユーファを見たハイネは、思わず気の抜けた笑いを漏らした。




-40-


≪Back | Next≫


[Top]




Copyright (C) Hikaze All Rights Reserved