一晩の厚意で城の客室にいたハイネ達のもとに訪ねてきた者がいた。

「夜分遅く失礼」

そう畏まって現れたのは、赤い髪の青年――ユーファの弟、アトリだ。
見上げるほど背の高いユーファとは違って控えめな背格好の彼は、ドアを開けたハイネにペコリと頭を下げる。

「この度は愚兄が迷惑をかけ、申し訳ない。
一度直接礼を言わねばと思い、失礼を承知で声を掛けさせていただいた次第だ」

「あぁ、いや、そんな、ご親切にどうも……」

軽薄な印象のユーファとは打って変わり、まさに“王子”を体現したような青年だ。
どうぞどうぞと彼を部屋に招き入れ、ソファに腰掛ける。

「弟の私が言うのも何だが……。
ユーファは知能こそ底辺の極みだが、剣術だけは腕が立つ。
あれでも騎士の誓いは心得ているはず。必ずや君を守るだろう」

「うん、それ聞いて安心したわ。こうなったらコキ使わせてもらうで!
アトリくんはここに残るん?」

「私には私の使命がある。あの使い物にならない兄の代わりの役目がたんまりと。
しばらくは各地の視察として動き回ることになる。もしかしたら、行く先で君達と出会うこともあるかもしれない」

別のソファで寝そべっていたアキは不満げにしている。

「アトリが来てくれればいいのに。あいつなんかムカつくし。姉ちゃんにぶっ飛ばされればいいんだ。あんなセクハラ野郎はさ」

「こら、アキ。失礼でしょう? ……もちろん、有事の際は遠慮なく彼を殴らせていただきますけど」

「あぁ、そうしてやってくれ。むしろ喜ぶかもしれない」

冗談か本当かはわからないが、そう言うとアトリは立ち上がった。

「今晩はゆっくり休むといい。それでは、私はこれで失礼する」

パタン、と扉が閉まると、ハイネはソファの背に埋もれる。



「いや~、アレがやっぱり王子様ってやつやね。ユーファは気が抜けすぎやわ」

「おーっと、聞こえてるでぇ、ハイネ?
せっかく夜食にデザートをとってきてやったが、いらんかな~?」

扉の向こうから声がする。

「あーっ、待って! いるいる!!
いよっ、ユーファ兄ちゃん男前~♪」

「フフン、わかっとるやないの」

遠慮なく扉を開けて入ってきた彼の手からケーキを引ったくり、ハイネは幸せそうにそれを食べている。



「……姉ちゃん、ホントにあいつと旅するの、ぼく達?」

「致し方ありません。ケーキで手を打ちます」

「姉ちゃんまでソレ~……?」

「アキはいらないのですか? ではハイネさんと半分こで食べてしまいましょう」

「なっ!! ズルい!! ぼくも食べるし!!」




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