「……ごめんなさい」
ずずっ、と鼻を啜るハイネは泣き顔で歪んだ表情を何とか元に戻そうと肩の力を抜く。
「そんなに似とるか? お前の親父とワイは」
「似とるってか……そのまんますぎて……つい鬱憤が爆発しちゃって」
くく、とメノウは笑う。――本当に、そんな仕草1つをとっても“同じ”だ。
「それで……アガーテ、つったか。お前の母親は」
「うん。でもブランディアにいる間には会わんかったなぁ」
「あぁ、懐かしい名前やね。
知っとるよ、そいつ。もうずいぶん前に死んでもうた」
えっ、と俯いていた顔を上げてみると、メノウは懐かしそうに目を細めていた。
「アガーテはヴィオルの嫁や。旦那に散々こき使われて、……そのまま。
そうか……。“そんな世界”も、あったんやな。
ワイも、全てを捨てる覚悟が出来る奴やったら、今頃また別の人生やったかもしれん」
この執務室から見える緑の国の光景。
日が暮れ始め、茜色の空に吹く風に乗って、ねぐらへと戻り行く鳥達の声が聞こえてくる。
こうして穏やかな日暮れを迎えられるのは幸せな事なのかもしれない。
窓の外を見つめていたメノウは、独り言のように呟く。
「確かに、アガーテを救えた“自分”はどこか羨ましい。
でもなぁ、それと引き換えに、娘をたった1人遺して死んでいった“自分”ってのは、果たして正解だったのか。
そいつの答えは死んだワイにしかわからんが、何となく、赤の他人のお前だが『すまない』って気にはなる」
「……うん、それでいいよ。そう言ってもらえたら、ちょっと心が軽くなるから。
ちょっとした事故で来てもうたココやけど、またおとんに会えたみたいな気持ちで嬉しい」
「そうか。
……いきなり牢屋にブチ込んで悪かった。予想外の事態すぎて混乱しとったわ」
まだまだやね、と彼は苦笑いする。
「お前があの場でユーファを助けると判断してくれへんかったら、デカい戦争が始まってたかもしれん。
今はどの国もぎこちなくてな。
実は今回の件で青の国の協力を仰いだんやけど、断られてなぁ」
「うちの世界では緑の国と青の国は同盟国で有名やったけど……ちゃうの?」
「いや、概ね正解や。
だがな、どうやら青の国は今、白の国の相手で忙しいらしい」
ハイネの世界では、何年か前に青の国と白の国が政略婚で結ばれたはずだ。
この世界では違うのだろうか?
「うち、これから青の国に行こうかと思ってんねんけど……」
「なら急いだ方がえぇな。あっちも戦争が始まったら、また巻き込まれてまうで。
詳しくはジストに聞け。曲がりなりにも国王やからな、あいつも」
ハイネの心がようやく落ち着きを取り戻せた頃に、メノウと共に執務室から客間の方へと移動する。
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