――ごめん、リマ姉ちゃん。あと、“こっちの”おとんも。
元の世界で、父親の死後にずっと親代わりをしてくれていた女性、ラリマーの事を思い出す。
姉のような友達のような、気さくで世話好きな“夜の蝶”だ。
界隈では有名な女性のようだが、肉親のいないハイネにとっては大切な“家族”。
『隠し子』の衣を被るには、たまたま彼女のような存在と一夜を共にした関係から生まれたと説明するしかない。
果たしてその作り話が通じたのかどうか。
ハイネの話を聞いた男は、彼女達に「少し待っていろ」と告げると、別の兵に見張りを任せて一旦部屋を出ていく。
その後しばらくしてから戻ってきた男は、ハイネ達についてくるように指示する。
彼に連れられて来たのは城から少し離れた場所にある建物。
薄暗い階段を下っていくと、地下牢が広がっていた。
――う、うちらも捕まるん?!
一瞬身構えたが、男は一番奥の牢の前で立ち止まり、中にいる人物に声を掛けた。
「ユーファ王子。少し話を聞かせてくれないか」
男の呼びかけに応えるように、暗がりの中から顔が覗いた。
「な?! お前らなんでこないなとこおんねん?!」
思わず声を上げたユーファは思いの外元気そうだ。
「な、なんや~!! 兄ちゃんすっかりボコボコにされてるかと思ってたわ~!!
全然元気そうやんか~!!」
「……ふむ。お前達、本当に知り合いのようだな」
男はユーファとハイネを交互に見る。
「あの。すみません、兵士さん。
これはどういう事ですか……? 私達を投獄するつもりでは……」
トキの率直な問いに、男はコクリと頷いた。
「そのつもりはない。そもそも、俺はこのユーファ王子をどうにか解放できないかと考えていたところだ。
……ユーファ王子の父、メノウという人は、俺の恩人で……」
そこでようやく、彼は“ゼノイ”と自らを名乗った。
ハイネの記憶にうっすらと覚えがある響きだ。
(確か、おとんの後輩のあんちゃん……やったかな?)
幼い頃に、父が語ってくれた思い出話の中で何度か耳にした名だ。
ハイネの父と母が結ばれるための手助けをしてくれた1人。
『あいつがいたから、お前は生まれる事ができたんだぞ』、――なんて、冗談っぽく言ってたっけ。
「それで、ユーファ王子。もしこのハイネという者の言う『隠し子の真相を確かめに来ていた』という口実を肯定するなら、ここから出すことができるかもしれない」
「なっ……?」
何の話だ?と首を傾げそうになっていたユーファに、ゼノイの後ろからハイネが必死で『合わせろ』と声なき声でアピールする。
ユーファはそれを察したのか、ニヤリと笑ってから、ゴホンと咳払いした。
「あぁ、まったくその通りやて。
うちの親父がその昔、うっかり外で女作っとった……なーんて密告があってな。そんなん無視できへんやろ?
真実やったら大問題や。うちの王家の沽券に関わる。
それで、そこの娘っ子の噂を聞いてオアシスまで来たんや。
ほんまにおった、こらアカンわ、ってお袋に伝えに帰ろうと急いでたら、お宅らの兵に捕まったってわけよ」
しばらくゼノイは腕を組んで黙り込む。
微妙な空気の沈黙にハイネの冷や汗が一滴床に落ちた頃、ゼノイが溜息を吐く。
「……わかった。ヴィオル王にそう報告してみよう。
ハイネ達は俺についてこい。ユーファ王子はもう少しここで辛抱してくれ」
「頼むでぇ、隊長さんよ。そろそろここのシケた空気も吸い飽きてきたわ」
「目立つ事はするな。予定が狂うから」
ゼノイに連れられて地下牢を出てから、再び王城へと足を運ぶ。
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