“ユーファ・イーリス・アクイラ”。
青年はそう名乗った。

なんでも、緑の国の王家に生まれた第一王子であり、今日はたまたま偵察……もとい、散歩がてらオアシスに立ち寄ったのだという。

「それで、ユーファのおかんがジスト女王、おとんが“メノウ”……」

パラソルの下のテーブルを囲む4人。
ハイネは落ち着かなさそうに視線を泳がせている。
水の入ったグラスが、彼女のものだけどんどん汗をかいていく。

「そ、その。ユーファのおとんは……生きとる?」

「妙な事聞くなぁ、お前。生きとるわ。フツーに。
会いたいんなら俺が会わせてやろうか?」

「い、いや……どないしよかな」

ここは別の世界、別の歴史。
とはいえ、父親が別の家庭を築いている事に動揺が隠せない。

「ウソくさ。本当に王子なのかよ、お前。王子ってもっとこう、キリッとしててさ」

「おう、アキ坊。なかなか度胸ある坊主やなぁ。どーなっても知らんで!」

目の前で軽口を叩いているこの青年。
黒い髪はなるほど、ハイネの古い記憶にある“ヒメサマ”とよく似ている。
そして落ち着いた朱の瞳は、とても懐かしい。

「んで? 親父とどういう関係なんや?
おっ、まさか隠し子ってやつか?
こりゃスキャンダル待ったなしやな!」

「ち、違うっての!!
お願いやからヘンな噂流さんといてよ……?!」

「わーってる、わーってる。
息子の俺が言うのも何やけど、飄々とした親父だが女遊びはしないタイプやて。
俺と違ってな! がはは!!」

ぺしぺしとトキの背を叩くユーファ。そろそろトキが斧を手にしそうである。

「な、トキって言うたっけ?
お前むちゃくちゃ美人や。俺の嫁にならん?」

「結構です。馴れ馴れしく触れないでください」

「手厳しいわぁ!!
お前、王子に口説かれて断るって随分やなぁ」

「私、そういう身分を振りかざして相手を支配しようとする男性がこの世で一番嫌いなんです」

「姉ちゃん怒らせるとヤバいぞ。それくらいにしときなよ」

はいはい、とユーファは身を引く。
そんな彼のもとに、一国の兵士風の者が数人やってきた。

「ユーファ様!
そろそろお戻りになりませんと、これ以上は言い訳のきかない遅れになってしまいます……!
ただでさえ城への帰還が数日遅れているのに……」

「なんや~。せっかくおもろい連中見つけたんに。
しゃーないなぁ。それじゃ、俺はここらで退散するわ。また会えたら話聞かせてや。
またな、トキ♪ ……と、その他大勢」

「「さっさと帰れ!!」」

ハイネとアキの罵倒を笑顔で受け流し、ユーファは去って行った。





「……それで、会うチャンスはもらわなくてよかったのですか、ハイネさん?」

「うーん、まぁ……」

正直、とても会いたい。夢に出るほど恋しい面影。
それでも、この歴史では別の時を生きている“父”。

「あのユーファってやつ。この世界のハイネだったらウケる」

「アキくん~!! それは堪忍してや~!!
考えたくもない~!!」

そろそろこちらも出発しようと席を立ち、喫茶代を払おうと店員に近づく。
ところが。

「お代ですか? 結構ですよ。ユーファ様がまとめてお支払いになられましたから。
むしろ多すぎるくらいです。お釣りは皆様にお渡しするようにと承っておりますので」

逆に店員からコインの入った袋を差し出され、3人は顔を見合わせる。
まさに自由人のような王子の残り香を、ハイネ達は無意識に目で追っていた。



-22-


≪Back | Next≫


[Top]




Copyright (C) Hikaze All Rights Reserved