そこまで広くはない書斎だ。壁一面が本棚になっており、ギッシリと本が陳列されている。
それでもまだ入りきらなかった分厚い本が、足元で山を作っていた。

ソファに向き合って腰かける。
二者面談でもしている気分だ。

「さて……。にわかには信じ難いですが、貴女は20年前の過去からやってきた、と。
年齢は14歳で間違いありませんね?」

「はい。元の世界だと魔法学校の中等科にいました」

「ほほう。14歳で中等科とは、なかなかの頭脳ですね。
それで、貴女は確か青の国を目指すと?」

「そのつもりです。もしかしたら、この世界の魔法学校に行けば、うちが元の世界に戻れる方法見つかるかもって」

「なるほど。確かに、今でも青の国の魔法学校はこの世界の教育の頂点であり、僕やマオリさんの古巣です。
ただ、1つ聞かせていただきたい事がありまして。
……貴女をこの世界に送り込んだ人物は、もしや“カイヤ・レーゲン”という女性ではありませんか?」

ハイネは思わず目を丸くする。何故アンリがそれを知っている?
少なくとも、元の世界のカイヤは、世界線観測器の存在を“アンリ先生も知らない”と言っていたはず……――。

「その様子、どうやら図星のようですね。
貴女は恐らく、この世界のカイヤさんに会おうとしている」

「は、はい……。そう、です」

「となると、困った事になりました。
この世界のカイヤさんは、――もう、亡くなっています」

――意識が遠のくかと思った。



「え、……えっ?! か、カイヤ先生、死んじゃって……?!」

「今日、学校で少し触れましたね。僕の大事な人が亡くなったと、昔話に」

「じゃ、じゃあその、大事な人ってのが……?!」

「そうです。僕の家族、妹も同然だったカイヤさんの事ですよ。
残念ながら、20年前に亡くなっています」

――20年前?!

「昔話になりますが……。“あの日”、僕は少し出掛けていたんです。マオリさんと。
恥ずかしながら、その日は僕がマオリさんに結婚を申し込んだ日……でした。
あの日のカイヤさんの事は、20年経った今でもよく覚えている。
“アンリ先生、頑張ってください! 絶対結婚式行きますからね!”なんて、満面の笑みで見送ってくれた。
それが彼女の最期の姿になるなんて、露知らず……。
あの日もしも僕が学校に留まっていたなら、彼女は助かったかもしれないのに」

今のアンリとマオリの関係が答えだ。その時のプロポーズは実を結んだ。
でも、カイヤは……――?

「カイヤ先生、どうして死んじゃった……んです?」

「殺されたんです。得体の知れない暗殺者の手によって」

「こ、殺された?! なんで?!
カイヤ先生、すっごい良い人やし、恨まれるなんて……」

「恨まれていたんですよ。同業者にね。
彼女は歴史が覆るほどの研究を抱えていた学者でしたから。
そう、“世界を超える”というとんでもない偉業を成してしまうほどの才能の持ち主だった」

――“……なんか、しれ~っとエラい発明してません?”

思わず口走ったあの言葉。
この世界のカイヤも、大切な人のために世界を渡る術を探していたのだろうか。

「そして僕は20年後の今、貴女と出会って察したわけです。
貴女は、生きているカイヤさんを知っている。今もカイヤさんは貴女の世界で生きている。
ただ、貴女の記憶には限りなく“僕達”に近い存在がある。
となると、貴女の世界でも、カイヤさんはそういう運命を辿ってしまうかもしれない。
貴女はカイヤさんの研究によってここへ来た。そのカイヤさんがもし殺されでもしたら、貴女は元の世界に戻る術が無くなるかもしれない。
なんせ、今に至ってもカイヤさんの研究を超える発見は成されていませんから。
――つまり、この世界では別の世界へ渡る方法がまだ見つかっていない」

この世界に、カイヤはいない。
彼女を超える可能性がある学者のアンリさえも、世界を超越する術を知らない。
このままでは、この20年後の別の世界に閉じ込められたまま人生を終える事になる――……。

「う、うち、どうしたら……」

急速に不安が押し寄せ、鼓動が早くなる。

「これは僕の提案にすぎませんが、貴女の手助けになるかもしれない」

アンリは傍の棚から地図を取り出す。
広げられた図は、ハイネの記憶とほぼ同じ大陸の輪郭を示している。

「この集落は、この辺りです。そして、青の国はここ。
――そして、世界の中央である、ここ」

彼の指先が指す、黒く塗りつぶされた空間。
5つの国に囲まれるようなそこは、森林地帯に囲まれた場所のようだ。

「近年、この場所にある奈落……“魔境”の研究が盛んです。
まぁ、最初に見つけたのは僕だったんですけど、僕はソレの研究よりも故郷の教育を確たるものにするのに忙しくて。
ただ最近わかったのですが、この魔境には別世界に至る鍵となる秘密が隠されているようだと。
そして、別世界を認知する研究を引き継いでくれた学者がおりまして」

「そ、その人! どこに?!」

「その人も、青の国の魔法学校にいるんです。
“クレイズ・レーゲン”という、僕の先輩で……――カイヤさんの、父に当たる方です」

「クレイズ、先生……」

思い描いていた歴史が、予想に反して複雑に絡まり合っていく。

この世界では、クレイズが――“生きている”?



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