夕食が終わって一息ついた頃にトキが口を開くと、予想通りマオリは激昂したのだった。

「そんなの許せるわけがないでしょう??!!
い、いくらハイネさんと2人とはいえ、旅に出るなんて!!」

とはいえ、金切声で錯乱しているのはマオリだけ。
腕を組んでいるアンリの胡坐の上に座っているアキは、ヒステリー気味の母親を冷ややかな目で見ている。

「トキ。今言った事、本気ですか?
単に、学校が嫌だから家出したいという訳ではなく?」

冷静な父の言葉に、トキは大きく頷く。

「私は集落の外の世界をちゃんと見たい。
確かに、私は勉強が苦手です。畑を耕す方が好きです。
でもそれ以上に……この17年間と同じような毎日が一生続くなんて、考えただけで怖い。
父さんも、母さんも、別の国を知っているんでしょう?
私、広い世界が見てみたいんです。
その上で、今後どうやって生きるかを自分で決めたい。そう、“自分”で」

「だからって!
だからって今すぐ旅に出ることはないのではなくって?!
それこそ、もっと大人になってからでも……!」

「まぁまぁ、少し落ち着いて、マオリさん。
……そうですねぇ。少しだけ、聞いてもらえますか」

アンリは一口茶を飲んだ。
仮にもまだ若すぎる娘が家を出たいと言っているのに動じない夫を見たマオリは、ギギギと歯を食いしばりつつ座りなおす。

「僕もね、この集落を最初に出たのは10歳くらいの頃でした。といっても、当時は姉と一緒でしたけども。
……トキ、やっぱり僕と似ていますね。僕も子供の頃は似たような事を考えていましたよ。
このまま畑の土と戯れるだけの人生で終わるのか、とね。末恐ろしいと震えた事もありました。
とはいえ、自分がそうだったからといって、トキ……貴女も同じように、と軽率に許す事はできません。
致し方のない事。まだ世間の穢れた部分を知らない純粋な娘を、易々と1人で旅立たせる事なんか、大抵の親はできないでしょう?」

尤もだ、とトキは思わず下を向く。
しかしアンリはアキの頭を撫でながら微笑んでいる。

「トキは昔からとても良い子でした。素直に言う事は聞くし、押し付けがましいマオリさんの令嬢作法なんかもしっかり身に付けていて」

「んもうっ! 貴方わたくしを何だと……」

「押さえて、押さえて。
……で、そんなトキが初めて僕達親に自らの意志をこうして伝えてくれたわけです。
危険だからというだけで無下にしていい覚悟ではないでしょう、マオリさん?」

「それは……」

「トキが勇気を出したその言葉。では僕達も同じように覚悟するべきです。親ですから。
……行っていいですよ、トキ。存分に世界を見て来なさい。
貴女ももう成人が近い。そろそろ“真っ白”なだけの子供時代とはお別れです。
どんな穢れも、喜びも、人生の一部として受け入れなさい。僕達も、いい意味でも悪い意味でも汚れていくであろう貴女を受け止めます。
さて、マオリさん。僕からは以上ですが、貴女からは何か?」

「……はぁ。貴方がそう言うのなら、わたくしはもう何も言いませんわ。
ただこれだけは約束ですの。
貴女の家はここ。帰ってくる場所は父と母のもと。満足したら必ず帰ってくると、その誓いを身に焼き付けなさい。
貴女が絶対に後悔しない選択だというのならば、送り出して差し上げますわ」

「父さん……母さん……!」

ほっとしたようにトキは表情を綻ばせる。怯え、安堵、様々な感情の混じった涙でその瞳が輝いている。

「よかったね、トキちゃん!
ゼッタイに楽しく旅しよっ、なっ?!」

「はい! ……はい!!」

「うちの娘の事、宜しくお願いしますね、ハイネさん。
……と、ここからは少し貴女と2人で話がしたいのですが、構いませんか?」

「うちと?」

「えぇ。一応、娘に同行する方の素性は掴んでおきませんとね」

アンリに連れられ、ハイネは彼の書斎へ向かう。



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