「あれ、ハイネさん……?」
アンリに連れてこられた教室にはトキがいた。
黒板から授業の痕跡を消していた彼女だが、ハイネの姿を見るなりこちらにやってくる。
「校門までいらしていたので、ひょっとしてトキに会いに来たのかとね」
「そうなんですか?」
「うん! ついでにどんな学校か見てみたくてな!」
壁に掛けられた時計をチラリと見たアンリはハイネに目をやる。
「受けてみますか? 授業。
もうすぐ次の講義が始まりますし」
「えっ、いいんですか?! 受けたい!!」
微笑んだ彼は頷いた。
「トキ、ハイネさんと次の講義まで受けなさい。
その後は無理して残らなくていいですから。
……マオリ先生には内緒ですよ」
「父さ……、えっと、学長。わかりました、ありがとうございます」
「それでは僕はこれで。良い時間を」
アンリは来た道を戻っていく。
「アンリ先生、あんな優しいんや」
ぷっ、とトキが小さく噴き出す。
「まるでハイネさんの世界だと厳しい先生だったみたいな言い方ですね」
「え?! あ、うーん、厳しい……ってほどでもなかったけど、もうちょっとこう、キビキビした感じだったっていうか」
「あはは、おかしい」
昨日からほとんど無表情だったトキが楽しそうに笑っている。
ハイネも思わずつられて笑顔になった。
「でもね、ハイネさん。学長のあれは、私を甘やかしているわけではないんですよ」
そうなの?と首を傾げると、トキは空いている席に腰かける。
「学長は、私にはあんまり期待してないんだと思うんです。だって私、勉強が苦手だから。
学長は頑張る生徒は全力で応援するけど、そうでもない生徒にはあんな風に無理はさせないんです。
冷たい優しさなんですよ。
……まぁ、躍起になる母さんよりはマシかな」
ハイネはトキの隣の席に座ってみた。
少し年季の入った木目が浮かぶ机と椅子。どこか懐かしい。
「……もしハイネさんが学長の教え子だったなら。
熱心に教えてくれる学長を知っているという事は、きっと、貴女はとても優等生だったんでしょうね。
すごいな。私も物覚えが良かったら、学長に入れ込んでもらえたのかもしれない……」
まぁでも、とトキは鞄から教科書を取り出して広げる。
「今日で最後にしたいんです。こんな、檻のような場所での生活なんて」
外から鐘の音が響いてくる。
遊びに出ていた生徒達が教室の中へ戻ってきた。
教材を抱えてやってきたのは、凛とした表情のマオリだ。
「では、午後の授業を始めますわよ。昨日の続きのページから……」
ちら、とハイネの顔を見たマオリはここぞとばかりに笑った。
「それじゃあ、体験入学中の貴女に読んでもらいましょうか。
ハイネさん、読んでくださる?」
突然振られて驚いたハイネだが、満面の笑みで頷いて立ち上がった。
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