「起きろよ、不審者。もう朝ごはんできてるし」

可愛げのない少年の声に起こされ、ハイネは跳び起きる。

「あ、あぁ、アキくんか。おはよう」

つん、と顔を逸らし、アキは部屋を出ていく。
入れ替わるようにやってきたのはトキだ。

「ごめんなさい。弟が失礼を……」

「いや、ホンマにうち不審者みたいなもんやし。
ごめんな、すぐ出発するから……」

「どこへ行くのですか?」

「えーっと……青の国、かな」

「青の国……へ、何をしに?」

「もしかしたら知り合いがおるかもしれんし。
って、魔法学校……ある、よね?」

トキは記憶を辿るように視線を明後日の方向にやってから、頷いた。

「父さんも母さんも、昔は青の国の魔法学校に通っていたって聞いた事があります」

「やっぱり! よし、決まりや!」

希望が見えてきたところで、ぐうう、と腹の虫が鳴く。
真っ赤になった頬を覆って繕うように笑うと、トキはわずかに微笑んで囲炉裏のある部屋へハイネを連れていく。





出汁の香りが鼻腔を突く。
先に朝食を平らげていたアキはチラリとハイネに目をやってから、空いた自分の茶碗を流し台へ持って行く。

「おはようございます、ですの。ハイネさん。
せっかくですし、朝食を召し上がってくださいな。
わたくしもアキも、もう学校へ向かう時間ですから、後はトキに任せますわ。
トキ、終わったらちゃんと学校へ来るのですわよ!」

「……はい」

凛々しい服装に身を包んだマオリは颯爽と出かけていく。
少ししてから、鞄を抱えたアキも出かけて行った。



「トキちゃん、ごめんな?
学校遅刻させてもうて」

「いえ、全然。
むしろありがたいと言うか……」

向き合って朝食をとる2人。
空腹だったハイネは次々と平らげていくが、トキは箸の進みが遅い。

「どしたん?
はよせんと、もっと遅れてまうで」

「……行きたくなくて。学校へは」

溜め込んでいた悪い空気を追い出すような溜息が漏れる。



「私、先生をしている父さんや母さんの子供なのに、本当に頭の出来が悪くて。
弟のアキはとても熱心に勉強しているから、きっと私よりずっと賢い子です。
……出来ないものを無理やりやらされて、一体何を楽しめばいいというのか……」

だから彼女は昨日も鍬を握っていたらしい。
朝の様子を見ていただけでも、この一家の教育はかなり水準が高そうだ。
やんちゃ盛りの年頃なはずのアキさえ、型に嵌ったような規律正しい行動をしている。
トキ自身も徹底されて躾けられていたのか、ハイネと2人だけのこの時間でさえ万物の手本のように姿勢正しく座っている。

「母さんは、もともとすごく由緒正しい貴族の出身なんだそうです。
だからでしょうか。こんな一般家庭の今でさえ、私に令嬢のような作法を仕込もうと躍起になっていて。
父さんはこの田舎で生まれ育った人だから、その辺りは全然、何も言わないのですけど」

「せやな~。わかる気するわ。
アンリ先生はマイペースで緩~い先生やったし、マオリ先輩は模範生って感じ」

「あの、ハイネさん。一体どこまで、父さんと母さんの事を知っているのですか?
なんだか奇妙で。だって、両親としては会った事のない方だと言うし」

「……うちな、たぶんここから見たら20年前のあの2人を知ってんねん。
本人やないかもしれんけど、大体同じやと思う」

「どういう……?」

「うち、この世界の人間ちゃうねん」

トキは瞬きを繰り返す。

「せやから、まー、元の世界に戻るためかな。青の国行けば、何とかなるかもって。
うち、元の世界だと青の国の学校の学生やから」

「そう……ですか。別の世界……青の国……」

トキはブツブツと呟く。
コクリと頷いてから、空になった茶碗を片付ける。

「ハイネさん。私、今日はちゃんと学校に行く事にします。
それから……1つお願いがあって」

「うん、なになに?」

「私を、一緒に連れて行ってくれませんか?
貴女と一緒に、青の国まで」

ハイネの目が点になった。



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