アンリ・シュタイン。この麓の集落にある唯一の学校で学長をしている。
その妻、マオリ・ヴィルベル・シュタイン。アンリの学校で教師をしている。
夫妻の長女、トキ・ナギサ・シュタイン。今年で17歳。学生ではあるけど畑仕事の方が好き。
そして長男、アキ・シグレ・シュタイン。今年で7歳。姉とは正反対の本の虫。
――ハイネは指折り数え、そして狼狽した。
彼女が知っている担任のアンリ“ではない”彼がここにいる。
そもそも学校にいたはずの自分がこんな寒風吹きすさぶ地に何故かいるのもまずおかしいが、目の前の一家は彼女の記憶と噛み合わない別人……――にしては、似過ぎている。
「あの。つかぬ事をお聞きするんですけども」
「はい?」
「……今って、西暦何年です?」
一家はお互いに顔を見合わせる。
――ここ、20年後やわ。
目が回りそうだ。
何故かハイネは20年後の世界にいる。
カイヤが作った機械は、カイヤ本人も知らないところで、時間と空間を超越してしまう能力を秘めていた……という事になるのだろうか。
「どないしたら帰れんねん、コレ?!」
結局、もはや不審人物の域になってしまったハイネは、困ったような顔をしつつも空き部屋を貸してくれたシュタイン一家に感謝する一方で今後の事を考えて絶望する。
まさか、肉体ごと飛んでしまうとは思ってもみなかった。
カイヤ本人もこれは予想していなかったはず。
ハイネの意識が途切れる間際、何やら異常事態が発生した呼びかけがあったような気はする。
あの時、カイヤに聞き返す一瞬の隙に、彼女の言う通り器材を外していれば……――
いや、今更悔いても仕方ないのだが。
改めて状況を整理しようと、トキが厚意で置いていってくれた日用品の中からメモ帳を取り出す。
ここはハイネがいた世界の20年後の世界。
だが待ってほしい。アンリもマオリも、ハイネの顔を知らない風だった。
この世界は、ハイネの世界の純粋な未来ではなさそうだ。
カイヤが少しだけ聞かせてくれた別の歴史で成り立っている世界、というものなのかもしれない。
幸い、地理はそこまで大差ないようだ。その点は安心しておこう。
でも、ここからどうする?
どうやったら元の世界に戻れるのか。下手をしたら、もう戻れないのかもしれない。
意気揚々と被験者を名乗り出たはいいものの、ハイネ1人で世界線観測器を作り上げて元の世界に帰る……のはさすがに技術的にも知識的にも不可能だ。
それなら、とにかくこの世界において知恵のある者を頼るしかない。
――そう、“この世界の”カイヤを探すのだ。
よし、と拳を握りしめたハイネは照明を消して布団にもぐりこむ。
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