学生寮の自室に戻ったハイネは、抱えていた教材を机の上に置いて財布を持つ。
私服に着替え、寮棟を出ようとしたところで1人の教授と鉢合わせた。

「あ! アンリ先生! 休憩ですか?」

ハイネが気さくに声を掛けたのは落ち着いた雰囲気の青年――ハイネのクラスの担任であるアンリ・シュタインという人物だ。
スケッチブックを片手にこちらを見たアンリは、どうも、と軽く会釈する。
長い茶髪の癖毛がふわりと揺れた。

「やっと一息つけます。もう夕方ですけどねぇ。
気晴らしに写生でもしようかと、ね。
ハイネさんは“また”買い出しですかぃ?」

「はい! でもその後はまたお手伝いできるんです!
こう言うのもアレですけど、講義受けるよりも楽しかったり!」

「まぁ、ハイネさんは成績もいいですし、咎めはしませんが。
カイヤさんもねぇ、放っておくと人間としての尊厳を忘れたかのような生活になる人ですから……
ほどほどに、サポートをお願いしますよ」

「ふふっ! 任せてください!
じゃ、行ってきまーす!」

「気をつけて」

元気よく校門を抜けていく後ろ姿を見送り、アンリは中庭のベンチに向かう。
そこには先客がいた。
まるでこれからアンリが来る事をわかっていたかのように、イタズラっぽい笑みで出迎える女性。

「遅いですわよ、“アンリ”。せっかく作ってきたわたくしの愛情たっぷりなお弁当が冷めてしまいますわ」

「だから、わざわざ作らなくていいと……。
あと、校内で僕の名前を馴れ馴れしく呼ぶのやめてください。これでも教師と生徒の間柄でしょう?」

「ちょっとフライングするだけですわ。
わたくしだってもうすぐ博士課程ですし、そろそろ本気でけしかけていこうと思っている所存ですのよ。
ぜ――ったいに貴方にわたくしを認めさせて、地面に額をこすりつけてプロポーズする様を拝んでやるのですから!! オホホ!!」

「嫌ですよ、一世一代のタイミングにそんな情けない姿を晒すなんて……」

夕暮れ時の中庭は静かだ。
その2人はしばらく同じ時間を共有した後に、また軽やかな足取りが戻ってくる前にその場を後にする。


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