今から6年前。当時14歳だったカイヤは、ここカレイドヴルフ国立魔法学校の一生徒だった。
幼い頃からこの学校の教授のもとで育てられていた彼女は、迷う余地もなく、学生としての毎日を享受していた。
運命のイタズラか必然か、その後数か月に渡り「世界」を旅した経験がある。
白黒だった日常に、喜びや悲しみ、出会いと別れという色彩が差し込まれ、やがて彼女は決意した。
乗せられたレールの上で学者を志すのではない。大切な誰かを守るために学者になろう、と。

20歳になった今、彼女は教師として歩き出した。
かつて大好きな人が立っていた思い出の場所に、彼女は立っている。
いつかは「彼」と並んで立つために、手探りで日々を生きている。

そんな彼女を特別に支えてくれているのが、かつての旅仲間の一人娘、ハイネ。

父親譲りの懐かしい面影を持つ彼女は、教師と生徒という間柄を越えた存在。
ハイネは、唯一の肉親であった父が遺してくれた道を、真っ直ぐ突き進んでいた。
今ではすっかり学生の顔が板につき、6年前の無邪気な女児だった記憶は引っ込んでいる。



カイヤは教師としての立場とは別に、一端の博士として研究活動に勤しんでいる。
彼女が生涯の目標と決めた研究課題は「歪んだ歴史の修正」――もとい、とある毒を無害化する薬の開発である。

今でこそ歴史の闇の中に葬られた異端な事実なのだが、かつてその毒によって何千という人の人生が狂わされ、命を落とした者もいる。
一度服用すると、生まれ持った魔力が捻じ曲げられてヒトとしての身体を破壊されてしまう毒だ。
その毒の根源であった黒の国ダインスレフの国立医療機関は6年前に組織が一変され、今は清く正しい科学医療施設として機能しているが、彼らの目が届かない立場にいる悪意ある学者が未だその毒を利用していると聞く。
治療薬の開発が急がれているのだが、その薬の開発の第一人者であり唯一無二の存在であった三賢者の1人が、あろう事か志半ばでその毒の犠牲になってしまった。
彼が秘密裏に進めていた研究内容を、彼の娘の立場であるカイヤが引き継ぎ、現在に至る。
この6年の間、彼女はずっとその研究を続けているのだが……――解決の糸口はまだ見つかっていない。



カイヤの研究内容は、学者界隈でも一部のベテラン達しか知らない。
世界的に見ても偉人である三賢者の1人の研究を横取りしようと、さも紳士的に手を差し伸べようとする学者も多いのだが、大切な人の功績を守り抜くために、カイヤは本当に気を許した人物にしか協力を仰がない。
弱冠20歳のカイヤは学者としての経験も知名度もまだまだ足りず、加えてこの頑なな姿勢に眉をひそめる学者がほとんど。
それでも彼女はめげない。彼女はずっと、そういう目線の中で育ってきた経歴がある。今更名も知らぬ老人達のそんな目などなんの効力も持たないのだ。
そんな彼女が「助手」として可愛がるハイネは、贔屓目を抜いても特別な存在だ。

とはいえ、14歳のハイネに出来る事はまだ少ない。
――或いは、彼女にしか出来ない事も、あるのかもしれない……――


-03-


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