「最期にいいもの見れた。見たら未練が残るかと思ったけど、逆だ。
サフィ、お疲れ様。君も強くなったね」

夜道を歩く2人。
俯くサフィはアンバーの手を握る。

「本当に、もうすぐ、なんですね・・・」

「もうすぐ。たぶん夜明けまでだ」

刻々と迫る“最期”。
――“あの日”、カルセを救った聖女の祈りと引き換えに、アンバーの時間の果てが決まった。



「・・・どうせなら、景色がいいところがいいな。
少し奮発して馬を使おう。海が見たいんだ。
今から走れば、朝焼けが見れるかも」

「あなたが、望むのなら」

アンバーとサフィを乗せた早馬はカレイドヴルフ方面へと走る。
さざめく波の音、穏やかな潮風、満天の星空。



「浜辺って言ったら、王子怒るかな。あ、もう王様か。
ヒトの領地で死ぬな馬鹿者!ってさ」

「ふふ。もしかしたらそうかもしれませんね」

押し寄せる波を砂浜に座って眺める。



「あー、気持ちいい。やっぱり俺は南国の方が好きだな。
まぁでも、君と出会ったアルマツィアも好き。
とどのつまり、全部好きだ! この世界がね」

彼は空に手をかざす。

「サフィは、これからどうするの?」

「・・・旅をします。
困っている人を助ける旅です。
1つでも多くの命を救えるのなら、私は歩き続けます」

「そうか。いいね。君らしいや」

「・・・アンバーさん」

うん?、と振り向いた彼の頬に手を添える。

「もっとよく、あなたの顔が見たいです」

「そう?
かっこよすぎて卒倒するかもよ? なーんてね!」

伸ばし続けていた長い金の前髪をどけ、耳にかける。

「はいどうぞ。好きなだけ眺めていいよ」

「・・・くすくす。素敵なお顔です。大好きな」

琥珀の瞳にサフィの姿が映っている。

「アンバーさん。少しだけ目を閉じてください」

「やだ。ギリギリまで君の顔を見ていたいから」

「・・・もう。緊張してしまいます・・・」

サフィの柔らかな白い手がアンバーの頬を包んだ。

「私はやっぱり、シスターにはなれないと思います。
今から1つだけ、罪を犯しますので」

「えっ? どういう・・・――」

ふ、と唇が重なる。
妖精に口づけられたような、柔らかな温もり。



「さ、サフィ・・・ちょっ・・・」

「ね? 私はいけない子です」

にっこりと彼女は笑った。
してやられた、とばかりにアンバーは片手で顔を覆った。

「うう、一本取られた。
・・・でも、ありがとう。大事な思い出として持って行くよ」



水平線の向こうから、朝日が顔を出す。
サフィの膝を枕に横たわったアンバーは、サフィの髪をゆっくり撫でる。

「ヒトってどんな最期になるかわからない。俺もそうだった。
やり直したいとさえ思う人だっているだろう。
・・・俺はとても幸せだな。大好きな君の温もりを感じながら、静かに終えられる」

サフィも、彼の金髪を撫でる。

「アンバーさん。私、あなたと出会えて本当に幸運でした。
あなたの事、絶対に忘れない」

「ありがとう。サフィ、幸せになるんだよ。この世界で、この大地で、いろんな人と一緒に」

空は茜色に染まり、太陽の端が白い光を放って眩く輝く。

「もし生まれ変わったら、真っ先に君に会いに行く。
なんならジストとメノウさんも連れて行くよ。
気付いてくれるかな、サフィ?」

「もちろんです。
必ず、待っています。
ありがとう、大好きな人・・・――」

覚めない眠りが訪れる。
静かに閉じられた瞼。

――彼は、微笑みながら“その時”を迎えた。



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