「――僕、は・・・」

ヒトの姿を取り戻したカルセは、横たわったまま澄んだ空に自らの手を翳す。
彼の手首に抱きつく色とりどりのミサンガが、日の光を淡く反射する。
青銀の瞳が、一粒の雫をこぼした。

「僕は、“生きたい”。
死ぬのが怖いからじゃない。
・・・皆と同じ時間を過ごしたい。
声が聞こえたんだ。僕を呼び戻そうとしてくれる、皆の声。
僕は、皆に、お礼をしなくちゃ」

カルセはゆっくり起き上がった。
力尽きて彼の膝の上に崩れるユーディアの小さな背中をそっと撫でる。

――愛しげに彼女を見つめる彼の瞳。

彼はきっと、帰ってくる場所を見つけたのだ。



ジストは大きく頷き、満面の笑みを浮かべる。

「そう。それが聞きたかったのだよ。カルセ。
君はいつも、自分を“殺していた”から」

昇り始めた朝日を背に、ジストはゆっくりと深呼吸をして空を仰いだ。
その姿は、あまりにも勇敢で、美しい。

「姫様、じゃあ本当に・・・――」

思わず尋ねるカイヤは、小さく唇を噛んだ。

「そうさ。元より私はそのつもりだった。
そのつもりでここまで来た。
何の悔いもない。むしろこの美しい世界を最期までこの目に留めておける事に感謝しかない」

カルセの髪は黒く、ジストの髪が白く。
これは2人の合図。どちらがこの歴史で生きるかという、交わらない運命の証。

「王子、この事知ってて・・・?!」

カイヤが思わずコーネルの腕を掴む。
彼はじっとジストを見つめていた。

「ジスト、本当にいいんだね?」

「アンバー。君も今し方、“そういう”決断をしただろう?」

穏やかな微笑み。
すべてを受け入れ、解放されたその面持ち。

「ジストさん、私・・・私・・・!!」

「サフィ。ありがとう。君もつらい決断だっただろう。
ほら、アンバーよ。残りわずかなのだ。サフィを泣かせたら私が許さないぞ?」

「わかってるよ。もう。
・・・ありがとね、ジスト。世界の誰もが君に感謝してると思うよ」

いつもと変わらない風のアンバーだが、少しだけ声が震えている。
隣に立っていたコーネルが、彼の背を拳で突く。

「いったぁ?!
な、なんだよ王子ぃ?!
今いいところ・・・」

「1つ頼まれろ、お前。
・・・ジスト、まだ時間はあるな?
最後の一戦だ。剣をとれ」

コーネルは剣を引き抜く。
ぽかんとするジストを前に、彼は続けた。

「お前、審判をしろ。
今から俺とジストが剣を交える。
俺が勝ったら、ジストに言いたい事がある」

「お、俺ぇ?!
こんな時まで血の気多すぎない、君?!」

「後で褒美くらいはくれてやる。いいから引き受けろ。
・・・俺はまだジストに剣で勝てた事がない。このまま勝ち逃げされてたまるか!」

ぷっ、とジストは噴き出す。

「はっはっは!! 君らしい!!
いいだろう。アンバー、公平なジャッジを宜しく頼む。
私も遠慮なしでいこう。そして、私が勝ったら私の言いたい事を言わせてもらうぞ、コーネル!!」

目を丸くする一行を余所に、ジストとコーネルは双方間合いを取る。

「わかったよ、仕方ないなぁ!
一本先取だよ。いいね?
・・・はじめっ!!」

刃が打ち付け合う。
久しぶりに合わせるコーネルの剣は、かつてのそれよりもはるかに重く、鋭い。
勝つ事ではなく、誰かを守るために鍛え上げられた、純粋な切れ味。

「なかなかやるではないか!」

「あぁ。俺とてここまで来た“お前達”の1人だからな!」

キン、キン、と響く音。
どちらからも目を離せない。
一歩、二歩、と踏み込んでは後退する。どちらも譲れない心がある。



ジストの横殴りの斬りを受け流し、コーネルが最後に突きを繰り出す。
切っ先がジストの胸の前で寸止めされた。

「・・・そこまでっ!」

アンバーの合図で、2人は剣を下ろす。

「す、すごかったです、お2人の戦い!
とても綺麗で、つい見惚れて・・・」

「はい、引き分け~」

全員アンバーに目をやる。

「え?! 今のは完全に王子の勝ちでしょ、アンバーさん?!」

「そ、そうだよ。コーネルの剣が、ジストに・・・」

「審判は俺なの。俺が引き分けって言ったら引き分け!!」

「おいコラこのゾンビ野郎!!
今のは俺が・・・――」

「引き分けだよ。
という事は、約束通り、“お互い”言いたい事を言うんだ」

あっけらかんと彼は告げる。
――そういう事か。彼らしいといえば彼らしいが。



「・・・だそうだが、どうするかね、コーネル?
まずは君から言うか?」

「・・・別に、お前からでも・・・」

「いいや、ここは譲ろう。聞かせてもらおうか?
君の最後の悪態を!」

コーネルは忙しなく視線を動かす。
落ち着ける場所を求めた左手が、剣の柄を握った。

「・・・その、笑うなよ。絶対に」

珍しくどもる彼に首を傾げる。
何も知らないこいつに、今から俺は何を打ち明けるというのか・・・――

「笑わないさ。ここまで共に来てくれた君の言葉だ。
どんな罵倒が飛んでくるか楽しみではないか」

「いいか。一度しか言わないぞ」

一旦区切るように、彼は深呼吸した。
そして・・・――



「俺はお前が好きだ。――応えは望まない。ただそれを伝えておきたかった」



ジストは目を見開いたまま立ち尽くす。



「・・・お、王子、それは、君ってつまり・・・!? やっぱりそういう・・・?!」

「言葉通りの意味だ。何も隠していない」

予想外の言葉だったのか、ジストは固まったままパチパチと瞬きを繰り返す。
やがて詰まっていた息を無理やり吐き出したところで咳込んだ。

「いや、そのっ、なんだ。これは驚いたな。そうきたか。
なら・・・そうだな。次は私の番だ」

彼女は両手に腰を当てる。
胸を張った、堂々とした姿。何度も見てきた彼女の仕草。



「君の気持ちは重々承知だ。なんせその想いは時空を超えて証明されたのだから。
・・・ありがとう、コーネル。嬉しいよ。――私も君が大好きだ!」



その言葉の真相はジストにしかわからない。
コーネルは笑うしかなかった。



瞬きの間に、朝日がジストの身体を越して見えてきた。
彼女の姿が薄らいでいる。

「皆、ここまで共に来てくれてありがとう。
この先の歴史を見る事が叶わないのは残念だが、君達が作る未来なら、とても素晴らしいものだろう。
さぁ、時間だ。この世界の歴史は正される。
“遠き果ての歴史の中、再び交わる時を夢見て”」

「あぁ。いつでも遊びに来い。お前1人が来たところで、歴史なんてそうそう変わらないさ」

「ははっ! そうとも限らないかもしれないぞ?
・・・さらばだ、皆!! また会う日まで!!」

薄らぐジストはコーネルに駆け寄り、その身体を抱きしめる。
受け止めた彼に送り出され、ジストは朝日に向かって走り出した。



愛しい大地、愛しい人々。
両手に抱えきれないほどの、たくさんの思い出。
“彼女の歴史”。



――待ちくたびれたで。よぉ頑張ったな。

――ま、“こっち”も悪くないさ。



守り抜いた世界の頂きから、光の粒が旅立って行った。



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