銀色の指輪。
ジストの手のひらに乗るそれは、共に来た相棒の形見。
彼の娘は聡明だ。この指輪を見れば、すべてを悟ってしまうだろう。
指輪の上に雫が落ちる。
これは、一体・・・――
「冷えないか、ジスト?」
穏やかな声がする。
聞き慣れた、幼馴染みの声。
崩壊した王都の一角にある廃墟の玄関先で、ジストは座り込んでいた。
暗雲は晴れ、星空が広がっている。
呆けたような彼女だが、その内にはめまぐるしく様々な想いが交錯している。
そんな彼女の肩に上着がかけられた。
「コーネル・・・」
「気にするな。したいようにしろ。
泣いてもいい、怒ってもいい」
「そうか。私は今・・・泣いている、のだな」
赤紫の瞳から零れた涙が頬を伝う。
「父上が亡くなった時にさえ流れなかった涙だ。
私にはもはや涙腺すらないのかと勘繰っていた」
「そうじゃない。“自分”がなかったんだ。
お前はずっと、“王子”ではあったが“ジスト”ではなかった。
お前が今流しているそれは、お前自身としての心だ」
「私自身の心・・・」
ここまで一直線に駆け抜けてきた。
その道を守り続けてくれていた存在を失い、ふと立ち止まる。
「メノウはな、初めて会った時は気難しくて扱い辛そうだと思った男だった。
でも彼は、世間知らずの私に多くの事を教えてくれた。
世界を渡り歩く知恵と、勇気と、絆。そしてたくさんの思い出も。
なのに、私ときたら、彼に相応の見返りを渡す事もできずに・・・」
彼はこれでよかったのか。
私などに付き合わせてしまったがために、彼の人生を奪ってしまったのではないか。
――そんな気持ちばかりが、心を埋め尽くしていく。
「諦めるのか? 何もかも」
沈黙が流れる。
「俺はお前の行く先にとことんまで付き合ってやる。
それがどこだろうと、俺は最後までついて行く。
俺はあいつにお前を託されたのだから。
何もかもを投げ出して遠くへ行きたいと言うのなら、俺はそれも良しとする」
「・・・揃いも揃って意地が悪い。
私に“諦め”の文字はないのだよ」
溢れる涙を隠すようにジストは下を向く。
「今ここで私が諦めてしまったら、今までの道のりが無駄になってしまう。
それは出来ない。
メノウがその命を賭してまで守ってくれた“ジスト”という存在が無意味になるなど、世界中の誰もが許したとしても私自身が許せない」
「それは本当に“お前”が望んだ答えなのか?」
「そうだ。私の心が、魂が、何がどうなろうとも先へ進む事を渇望している。
――ついてきてくれるか、コーネル?」
「もちろんだ」
ようやく顔を上げたジストは泣きながらも微笑んでいた。
「明日からはまた“ジスト”として出発する。
・・・だが、1つだけ君に願いたい事がある」
「なんだ?」
とん、と彼女は彼の胸に額を当てる。
「今夜だけは、“私”でいさせてくれないか?
君にしか、頼めないから・・・」
「・・・わかった」
誰にも見せられなかった彼女の弱さ。
その無垢な心が流す涙を覆い隠すように、コーネルは彼女を抱きしめた。
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