ガラス越しに少女を見つめる薄紫の瞳。
いつも笑顔を貼りつけている彼は、今は珍しく無表情だ。

「難しい顔をしていますね、所長。如何なされましたか」

クラインが声をかけると、所長――レムリアはふと我に返ったようにまた笑顔を浮かべる。

「あぁ、いや、大した事じゃないんです」

「フェナが何か?」

定期的な健診のためにガラス張りの病室に入れられている小さな彼女は、相変わらず無心で絵を描いている。

「少しは情でも湧きましたか?」

「いいえ、そういうものではないんですよ、残念ながら」

レムリアの瞳は、対象の利用価値しか見ていない。

「珍しく“あの薬”に適合した身体。
なかなか価値があると思いまして」

「よく言いますね。“前所長”を騙した張本人が」

「確かに、唆したのは私ですが。
“こっちの私”があぁもあっさり受け入れるとは思わなかったもので」

この男と話していても、どういう訳か人らしい感情を一切感じない。
口で何と言おうが、結局彼はただ無機質に道具の使い道を考えているだけ。

「・・・フェナを使うのですか?」

尋ねると、レムリアは小さく笑うのだった。

「使えるものなら使いたいですが。
でもあの子、特定の部屋でしか活動できないのでしょう?」

「えぇ、そうです。
そういう魔法がかけられていますから」

「もし無理にでも外へ出したら?」

「さぁ・・・。彼女にかけられた魔法が暴走する、かもしれません。
彼女をあるべき場所に戻そうと」

「厄介な呪いをかけたものですね、“レムリア”も。
もし私が同じ立場でも、そんな判断をするかどうか。
まぁ、議論の価値もない、どうでもいい事ですけどね」

レムリアはそっと背を向ける。

「私はそろそろ“詰め”に入ります。
地下に置いてある“電池”の管理は任せましたよ、クライン」

「・・・貴方は・・・
私が“ここ”の住人だと、お忘れの様だ」

「そうかもしれませんね。
けど、貴方が“そうしたい”なら牙をたてても構わないのですよ?
尤も、貴方に代わる人物は“こちら”にはもういないので、私の計画の犠牲になる事はありません。
・・・ただ、おとなしく私に従っていればの話ですが」

背を向けた彼はどんな顔でそう告げるのか。
去っていく背を見送り、そしてクラインはガラスの向こうへ目をやる。

「・・・フェナ」

少女の名を呼ぶ。
ガラスの向こうには聞こえないはずが、夢中で絵を描いていた少女がふと動きを止めてこちらを見る。
何も知らない彼女は小首を傾げた。


――わからない。

――私は一体、何をどうしたいのだろう。




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