「先輩、ここ数日まともに休んでませんよねぇ?
いい加減にしないと、病み上がりなのだから」
「時間がないから・・・。君は何も気にしないでくれ」
相変わらずごちゃごちゃと散らかった研究室。
何杯目かもわからないコーヒーを口に運びながら、クレイズは顕微鏡を覗いていた。
「手紙、読みました?
もうすぐカイヤさん達がカレイドヴルフに戻ってくると。
一体なんの用事か知りませんが、せめてカイヤさんの前ではいつも通り振る舞ってくださいよ?」
「意外に世話焼きなんだから、君は。
わかってるよ。大丈夫。
そっちこそ、歩き回って平気なのかい?」
「えぇ。もう何ともありませんから」
何事もなかったかのようにけろりとした青年――アンリは、自らの師であるクレイズの、ここ最近の焦りのようなものを訝しんでいた。
「時間がないって、何がです?
僕だって手伝いますよ。准教授ナメんといてください」
「気持ちだけはもらっておく。
・・・知ってると思うけど、そもそも僕は教育者でも師匠でもない、ただの研究員なんだよ。
独りで黙々と作業する方が性分に合ってる」
「本当に、他人を使うのが下手な人だ」
はぁ、とため息が漏れる。
「まぁ、そこまで言うのならいいです。
追加のコーヒーくらいなら受け取りますよね?」
「あぁ、うん。お願い」
空になったカップを手に廊下へ出たアンリは、すぐそこでニヤニヤとしながら立っている男に出くわす。
「残念だったな。
クーがあそこまで集中すると、倒れるまで止めないぜ」
「グレンさん・・・。
先輩に用事ですか?」
「いいや。野次馬だ。
柄にもなく切羽詰まってるクーちゃんを見るのは楽しいだろ?」
「下衆ですね、貴方」
「違ぇねぇや」
ケタケタと笑っている賢者を置き去りに、アンリは立ち去る。
もはや周辺に誰がいるかも考える余力はない。
クレイズは霞むような視界でいくつもの薬剤を手にする。
――もうすぐ、もうすぐなんだよ。
――もうすぐ、出来上がる。
――ただ、
――“これ”の完成が先か、僕の力が尽きるのが先か。
――お願いだ、全て終わるまでは、どうか耐えてくれ・・・――
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