少年は道中無言だった。
世間話の1つでもすればいいものを、興味がないと言わんばかりにただ事務的にジスト達を誘導する。
廊下ですれ違う者は子供から大人まで様々で、急ぎ足で教室へ向かっていた。予鈴の鐘が鳴る。
何度も廊下を曲がり、階段を上り、渡り廊下を進む。教室が並ぶ棟と教授陣の研究室の棟はどうやら別のようだった。
賑やかな校舎とは違って、研究棟はしんとしている。そろそろ授業が始まるためか、教授陣はほとんど出払っているのだろう。
廊下のつき当たりの扉の前で止まった少年は、ノックもなしにいきなり扉を開ける。雑然とした室内が目の前に広がった。
「博士、お客さんです」
奥へ向かって少年が声をかけると、返事の代わりにドサドサと本の雪崩れる音が聞こえた。
はぁ、とため息を吐いた彼は、ジスト達にその場で待つように目配せしてから部屋の中へ入っていった。
奥から声がする。
「博士、お客さんですってば」
「えぇ? 聞いてないよ。誰?」
「知りませんよ。自分の目で確かめてください」
本の山や薬瓶で見通しのきかない部屋の中から、少年以外の別の声がする。
しばらくすると、少年が奥から戻ってくる。その後ろに誰かがいた。
「あの人がクレイズ博士です。
それじゃ、用件が済んだらすぐに帰ってくださいね。
ボクは授業があるのでもう行きます」
淡々とそう述べると、少年はさっさと部屋から去ってしまった。
ぽかんとする来客2人を、奥から出てきた青年が面倒そうな顔で招き入れる。
「それで、どちら様?」
紺色の長い髪と金色の瞳の男性。年の頃はよくわからないが、そう年を取っている風でもない。ただし、服装を見るに、どうにも外見に無頓着のようだ。
「君がクレイズ・レーゲン博士で間違いないのか?」
ジストが尋ねると、彼はうんうんと適当に頷く。
「そうだよ。
・・・で、君らは何? 誰?」
「私はジスト。こちらは私の護衛だ。
・・・私の父はアメシスだ。そう言えば、伝わるか?」
王の名を聞いたクレイズは、あぁ、と気が付いたようだ。
「あ~、ジスト殿下ね。王女様。でしょ?」
驚いたジストは何度も瞬きをする。
「何故私が王女だと・・・?」
「そりゃ知ってるよ。まぁ、どうでもいいか。
遠路はるばるご苦労様だね~。とりあえず、そういう事なら座っていいよ」
クレイズは本の山を適当な場所に移動し、ソファを空けた。フラリと奥の部屋に消えたかと思えば、茶を持って戻ってくる。
なんというか、幽霊のように軸のない青年だ。
「ふうん・・・。わざわざ解剖結果を聞きに来たのか」
ソファの背に体を沈め、クレイズはジストから受け取った書類を眺める。
「詳しく聞きたい。
この書類の報告では、私の父は魔法による他殺という事になる。
そんなはずは・・・」
「そんなはずがないって、どうして言えるのさ。証拠は?」
続く言葉を失う。
そうだ。証拠などない。ごく個人的な、認めたくないという考えだけだ。
「王様の中にね、魔法の残骸が残ってたの。
その残骸を調べたらすぐにわかった。あれは人格を破壊する魔法。
魔法で魂をぶっつり切っちゃうのさ。そりゃ死ぬよね」
続けざまに告げられる真相にジストは固まっていた。
こんなにも物騒な魔法があるなど知らなかったし、それを軽く話せてしまうクレイズにも呆然とした。
「一体誰が、父上を・・・」
「そんなのは知らない。僕は警備隊とかそんなんじゃないし。
・・・あぁ、ヒントくらいならわかるかも」
魔法の属性だよ、と彼は言う。
「残留していた痕跡の属性で、その魔法を得意とする人だっていうのはわかる。
それを元に、事件の時に傍にいた人達の中から割り出せばいい。
・・・もっとも、今回はとってもわかりやすい」
「本当か?!」
「“幻”」
マボロシ?
聞いた事のない属性だった。
「この世界に住む人が持つ属性は・・・
火、水、風、土、雷、闇、光」
「幻は?」
「・・・さてね。ひょっとして異世界人でも紛れてたんじゃないの」
ダンッ!とテーブルが叩かれる。ジストだ。
怒りに任せて立ち上がりそうになったところを、メノウが抑える。
「落ち着け、て。姫さん」
「落ち着いていられるか!!
クレイズ、君はどうしてそう無神経な事が言える?!」
「無神経? そうかな」
彼の顔は無表情から変わっていない。
「私の父は殺された!
異世界人が犯人だと? 冗談じゃない!!」
「へぇ、信じないのか。僕は本気で言ってるんだけどね?
まぁ、最終的に信じるか信じないかは君次第だけど」
始終マイペースな博士だ。
一瞬の怒りがひき、ジストは脱力してソファに深く腰掛ける。
「君は・・・三賢者の1人だったな?」
「らしいね。自ら名乗ってるわけじゃないから、僕は知らない」
「そうか。
・・・君は、同じ三賢者の“レムリア”という人物を知っているか?」
レムリア。
その名を聞いたクレイズの表情が急に強張る。
「何故?」
「いや・・・。
ミストルテイン城が陥落したあの夜から、レムリアと連絡が取れていない。
もし君が彼と関係があるのだったら、ひょっとして・・・と」
「知らないよ。どうでもいいから」
その返答は、ジストにはそれまでと違った反応に見えた。
彼は何かを知っているのかもしれない。少なくとも、無関係ではなさそうだ。
探りを入れようとしたところで、それを察知したかのようにクレイズが席を立つ。
「さ、気は済んだかい?
僕は研究に忙しくてね。長々と話し込んでいられるほど時間はないんだよ」
否応なく、ジスト達は部屋を出る事になる。
別れ際、とりあえず礼を言おうとしたが、クレイズはさっさと奥へ引っ込んでしまった。
「あれで良かったんか?」
廊下を歩きながらメノウが気の毒そうに声をかけてくる。
「仕方あるまい。
こうなったら父上の暗殺を謀った張本人を見つけ出すまで気が済まない!
大きな手掛かりは得られた。当時の状況を洗い出さねば」
幻の魔法。
そんな聞いた事もない属性の魔法を操る誰かが、あの場にいた。
それは一体誰なのか。
一瞬嫌な予感がジストの脳裏を過るが、それを認めまいと頭を振る。
「メノウ。もう少し私に付き合ってくれるか?」
改めて聞けば、彼はいつも通りのまま。
「ワイの仕事は姫さんの護衛やし、姫さんがしたい事すりゃえぇわ」
「そうか。ありがとう。とても助かる」
心底ホッとしていた。今ここで1人になっても、何から手を付けていいかもわからない。
2人は案内された道を戻る。
階段を下りている途中で、終業の鐘が聞こえた。
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