枯れた大木はスカスカだった。ところどころ穴が空いていて、空洞の中に横たわるとそこから空が見える。
柔らかい草と葉の寝床で、ジストは差し込んできた朝日に起こされた。
正直、眠れたものではなかった。
寝返りを打つ度にガサゴソと煩く、そしてその草は多少の弾力も空しく地面の硬さを背中に伝えてくる。
寝ぼけた顔で外に顔を出すと、燃え残った灰を寄せているメノウがいた。
「君は眠らなかったのか・・・?」
「護衛が呑気に寝られるかっちゅーの」
粗方片付け終わると、2人は支度をして再び湿原に踏み入る。
朝焼けの光に、泥さえもキラキラと光っていた。
「おお、これは、美しい・・・」
左右に目をやりつつ呟いたところで、目の前の背中に衝突する。
「来る」
メノウはそう言うなり、背負っていた大剣を素早く鞘から抜き取る。
その行動は一瞬で、ジストが瞬いた瞬間には彼は戦闘態勢に変わっていた。ジストも慌てて腰の細剣を引き抜く。
しかし、周囲には何もいない。
「い、一体何が来るというのだ?!」
「一番近いのはそこ。ほら」
彼が指差したところはただの泥沼だった。だが、よく見れば不審な黒い穴が2つあいている。
その2つの穴を中心にゆっくりと視線を辿らせると、それは泥に埋まった何か・・・――
ザシュッ!と鋭く生々しい音がする。
うわぁ、と声を上げた時には、2人の目の前に大きな爬虫類らしきものが真っ二つになって倒れていた。
「夜行性の魔物やわ。寝に入るとこ、邪魔してもうたなッ!」
また重い剣撃が飛ぶ。屍が増える。
どうやら数個体の群れだったらしく、周囲を取り囲むように潜んでいたらしい。襲い掛かる1匹1匹を大剣で叩き斬るメノウの傍らで、ジストは細剣を持ったまま棒立ちになっているしかなかった。
足が震えるのだ。手もうまく動かない。剣の柄は持ち主を支えていたが、当のジストは半笑いで冷や汗を流す以外の事は出来なかった。
ボトボトと肉塊が散らばり、やがて元の静けさが返ってくる。
泥と血糊を振り払って大剣を鞘に戻したメノウは、自分の後ろで未だ案山子のように立ったままのジストの後頭部を小突く。
「大丈夫か、姫さん?」
「あ、あぁ、あはは・・・」
「もうおらん。剣しまってえぇで」
そう言われ、やっとジストは腕を下げ、綺麗なままの刃を鞘に収めた。
「な? 素人は死ぬって言うたやろ?」
「そうだな・・・突然の事に、何が何だか」
「ここらは人食いの魔物が泥の中に隠れとる。
さっきみたいな穴見つけたら警戒せぇや」
妙な2つの穴は、魔物の鼻だったらしい。
その一戦より先の湿原の道のりは、ジストは剣の柄を握ったままだった。
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