「ハイネさんにやって頂きたい事。
俺と一緒にこの世界の過去を辿って欲しいんです」

「過去を辿る?」

アイレスは白紙とペンを手に取り、一本の線を引いた。

「歴史とは過去から未来へ繋がる一本の線のようなもの。
その線の上には必ず『分岐点』が存在する。
その瞬間誰がどう行動するかで、その先の未来が分岐していくのです。
そうしてどんどん『もしも』の未来が生まれていく。これが並行世界の仕組みです。
貴女が『旅』に出た未来。出なかった未来。そこでも並行世界は既に生まれている」

紙面の線の上に打たれた黒い点。
アイレスはペン先でそれらを辿り、こう続ける。

「つまるところ、この世界の歴史の分岐点に俺とハイネさんが潜り込み、未来の軌道修正を行うんです。
しかし過去へ渡れば、俺が俺を消す事になるかもしれない。なんせ俺はこの世界で生きてしまっている存在だから。それでは本末転倒です。
だから、この世界の理に触れない『外部』の協力が欲しかったんです」

「けど、未来を修正するって……。
どんな風に変えるん?」

「根本を断つんです。
貴女も知っているはずだ。世界を渡るには膨大な魔力が必要である事を。
『俺達』が次の世界へ渡るための燃料は、もうすでに準備できてしまっている。
だからそれを阻止する。最終目標はそれです」

「うちにそんな事できるかどうか……」

「出来るかどうかじゃない、やるしかないんです。
俺の父親に会いたいんでしょう?」

「割に合わん気がするけど!?」

「さて、それはどうでしょうね。
――気付いてませんか? この実験は“縦軸”の移動です。
貴女が今までやってきた横の移動ではない。
ひょっとしたら、俺の父親の論文なんかよりも貴重な体験になるかもしれませんよ」

(過去を――未来を――変えられる……――?)

それは、あまりにも甘美で危険で途方もない、気が遠くなるような話だった。



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