久方ぶりの再会を果たした夫婦がいた。
普段は各々の領地を治めているその二人は、夫と妻としての契りは交わしたものの、1年のほとんどを別々に過ごしている。
だが今日という日は、のんびりと愛を育めるほどの余裕は持ち合わせていなかった。
「……それで、自分で蒔いた種に牙をむかれて逃げ込んできたって?」
「もう少し言い方に気を遣ってほしいのだが?!」
はぁ、と溜息を吐くのはコーネルだ。
来る兵器とやらに備えてカレイドヴルフを武装させているのだが、空では呑気にウミネコが鳴いている。
コーネルに向き合って座るジストは、チラチラと落ち着きなく窓の外の様子を窺う。
「その不思議な娘とやらの妄言を疑いもせず信じ込んだって言うのか。
お前国王の自覚はあるんだろうな?」
「随分と馬鹿にしてくれているようだが、『彼女』は只者ではない。
君だって会ったはずだぞ?
赤の国のヒューランと共にいた赤髪の少女だ」
「……あぁ、アメリの……」
そういえばそんな少女がいた気がする。
何故か妙に脳裏に焼き付いた炎色の髪の少女。
どこかで見たような、でも記憶にはない。
まるで夢と現実が交錯したような――デジャヴとでも呼びたい、あの感覚。
しかし、とコーネルは首を横にゆるゆると振る。
「お前は何でも“情”で判断しすぎなんだ。
赤の国の件だってそうだろう?
『可哀想』というのは強者の自己満足でしかない」
「しかし君だってヴィオルのやり方には散々苛立っていたではないか。
あの若者が、我々の一押しであの国を変えるかもしれない。
それは巡り巡って碧の国のためにも繋がる。
私はそれを信じて投資したまでだ」
「平時なら俺だってもう少しはあの若造の事を考えてやったさ。
だが今は違う。
……ダインスレフに、おかしな金の動きがあった。
あれだけの額をすぐに出せるのはヴィオルくらいなものだ……」
コーネルが差し出した書類に目を通し、愕然とする。
「な、なんだこの金額は……。
街の一つでも興せるほどではないか……」
「それは裏に潜りこませてある工作員から送られてきた金の動きだ。
もはや国として破綻したダインスレフに、こんな額の金が移動している。
それもあのヴィオルから投資されたものだ。
受取先はどこになっている? よく見てみろ」
「……ダインスレフ学術会……」
「あぁ、そうだ。
お前のお抱えの学者殿の古巣だな?
あの男、主の危機とやらである今、どこで何をしている?」
――何か大きな取引があるとかで、随分前から長期的な休暇の申請が出ている……
「……レムが、何かを企んでいる?」
「すっかり入れ込んでいるところ悪いが、あの男は王城にいさせていい人材じゃない。
俺個人としても確かに気に食わないが、それ以上に、お前は知らず知らずのうちに何かに巻き込まれているんじゃないかという気がしてならない。
確かあの男を雇っているのも、ダインスレフ崩壊で学会の維持費に困っているのをお前が憐れんだからだったな?」
ジストは黙り込む。
これまでの無知な自分にようやく気が付いた――“気が付いてしまった”からだ。
「……情けない。
この年になってようやく周りが見えてくるようになるとは。
世間知らずもいいところだな。
もっと若いうちに、世界を見ていれば……」
「別に、俺はお前の甘さに責任を押し付けたいわけじゃない。
お前のその優しさは、俺にはないものだ。
……だから、共に歩むと決めたんじゃないか」
「コーネル……」
囁いたその名に重なるように、突然けたたましい銃火器の音が響いた。
「なんだ?!」
二人が窓から外を見ると――……
見たこともないほど大きな化け物が、碧の国の軍と接触したところだった。
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