夕刻時。
人々が帰路を行く中、その三人は王城方面へと足を運ぶ。

深い紫のパーティードレスを身に纏い、いつにも増して気合の入った化粧を施したマオリ。
彼女の手に引かれるワンピース姿のトキと――その後ろをおぼつかない足取りで追いかける赤いミニドレスのハイネだ。

「トキが大きくなったら着せようと思っていたドレス、貴女にピッタリでよかったですわ」

「うちには勿体ないよ……。うう、恥ずかしい」

「何を仰いますの。ほら、胸を張って!!
堂々としていればいいんですの!! 貴女も立派な招待客なのだから!!」

慣れないピンヒールに足元が不安定になりつつ、ハイネは城の前の大階段を恐る恐る上る。
アメリに押し付けられた招待状をおずおずと門番に見せると、爽やかな笑顔で城内へと招かれた。

元の世界ではそれなりの間を青の国で過ごしたが、王城へ入ったことなど一度もない。
一般市民代表のようなハイネがすっかり委縮気味にエントランスへ至ると、巨大なシャンデリアの輝かしい光に出迎えられた。
濃い藍色の絨毯が奥へと通じており、インテリアとして設けられた噴水や煌びやかな大花瓶が客人の行く先を華やかに彩っている。まさに豪華絢爛というやつだ。

マオリの姿を見た執事が歩み寄り、一行を今宵の舞台へと案内する。
両脇に控えていた兵士が揃って大扉を開けると――大勢の貴族が集まっていた。



どこを見ても育ちのよさそうな顔ぶればかり。ワイングラスを片手に立ち話に花を咲かせている。
やはり現役の国王の親族ともなると顔が広いのか、マオリを見かけた人々は次々に彼女へ畏まった挨拶を向け、傍らのトキへはその成長を喜ぶ言葉を贈る。
明らかに浮いているハイネはそわそわと落ち着かない。彼女を見て首を傾げる貴族達も多い。

――アメリ王女はどこにおるんやろ……?

たかだか昼間少し会話を交わした程度で一国の王女と顔を合わせられるとは思わなかったが、どうしても早く知り合いの傍に行きたい。
マオリとトキは知人達への対応に忙しそうで、とても近づけない。
あぁ、やっぱり断ればよかったかな、とハイネはため息を漏らす。

「もし、お嬢さん。退屈されているようで」

不意に男性に声を掛けられ、驚いて顔を上げる。
思わず「あっ」と声を上げる。

「何やら妹に連れられてきたようだが……どこかの子女か?」

マオリの兄、シンハだ。
前の世界でトキに鉄槌を下された姿がフラッシュバックし、ハイネは真っ青になる。

「い、いえ……あの……。うち、……じゃなくて。私はその、大した家の者ではないんですけど、アメリ王女にご縁をいただきまして……ハハッ……」

「ほう。あまり見かけぬ赤髪ゆえに目が釘付けになってしまったよ。
君も赤の国からやってきたのか?
その風貌、ブランディアに縁深いと踏んだ」

「ま、まぁ……そんなところで」

シンハは手に持っていたグラスをくいと傾け、じり、とハイネに一歩近づく。

――あれ、なんかこの人、距離近くない?

「このような場に素人の娘が現れるとは、稀有なこともあったものだ。
ちょうど眉目秀麗な女達に飽き飽きしていてね……。
君のような無垢な“田舎娘”もなかなか新鮮かもしれないな?」

プチ、と血管が切れたような気がした。
この男はハイネをからかっているのだ。どこの世界でも、この男はいまいち人間としての質が低い。

「シンハ!!! あんた何してんのよ、このクズ!!!」

あわやシンハの手がハイネの髪に伸びたところで、雷のような罵声が響く。
ぎょっとして声の方を見れば、そこにはコーネルそっくりの女性がいた。リシアだ。
そういえば彼女はシンハの妻だとマオリが言っていた。コーネルの姉でもある彼女がここにいるのも当然だ。
ハイネに手を出そうとしていた夫の足をピンヒールで思い切り踏んだリシアは、悶絶する旦那をよそに心配そうにハイネへ顔を向ける。

「ごめんなさいね。大丈夫だった?
あんなクソみたいな男、本当に生きてる価値ないわよね」

間近で見たリシアの美貌に目を奪われたのも束の間、夫への容赦ない言葉にハイネは苦笑する。
聞けば、一人で立ち尽くしていたハイネが気になり声を掛けに来たのだと言う。
飲み物を運んでいる使用人を捕まえ、リシアはジュースが入ったグラスをとってハイネに手渡す。

「えっ、これ」

「いいのよ。あなたもお客様なのだから、遠慮しないで」

リシアが自分のワイングラスをハイネのグラスに当てる。乾杯、と甲高い音が鳴った。

「あなた、赤の国の人?
だったら、向こうの方に行ってみれば知り合いがいるかもしれないわよ。
今日は赤の国のお客様も多いの」

リシアが指さした方向では数人のかたまりができている。
まさか異世界の赤の国出身ですとは言えず、曖昧に微笑んでリシアに礼をした。

「もう少ししたら音楽が始まるわ。素敵な出会いがあるといいわね!」

ウィンクをしたリシアは、傍で足を抱えて未だにうずくまっている夫を回収して去っていった。
彼女の花のような残り香を吸い込みつつ、ハイネは首を傾げる。

(音楽で素敵な出会い? なんのことやろ)

ジュースを一口飲んで、ほっと息を漏らす。
緊張は多少ほぐれたとはいえ、結局一人ぼっちであることには変わらない。
リシアに言われた通り、ハイネは赤の国の面々が集まる方に歩み寄った。
知り合いはいないだろうが、何かしらの情報が得られるかもしれない、と。



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