戦争なんて、どこか遠くの夢物語だと思っていたんだ。
自分のせいかもしれない、なんて不安が心を過るまでは。
「……カレイドヴルフ軍が敗戦したらしい」
朝一番に、アトリが新聞を携えてそう告げた。
「……負けてしまったんですね」
アキを膝に抱いたトキは俯く。
その隣で聞いていたユーファも、さすがに神妙な面持ちだ。
アトリは続ける。
「コーネル王が砲撃に討ち取られ、リシア殿はそのすぐあとに首を落とされたとある。
……青の国は、主を失ってしまった。青の国自体の崩壊もそう遠い話でもないだろう。
白の国に下るのかもしれないが、この好機に赤の国が攻め込んでくるかもしれない。
私にも、この先どうなるのかがわからない……」
「……あかんな。親父とお袋がどう出るか……。
同盟国がやられてもうたわけや。緑の国だって呑気にしてられへん」
「あぁ。だから私は、一度緑の国に戻ろうと――」
「やめておいた方がいいです、アトリさん」
口を開いたのはベティだった。
「ここから緑の国へ行くなら、白の国と青の国を通るわけです。
そんなところを、アトリさんがお一人で通るなんて……無事で済むとは思えません。
ベティは反対です」
「そ、そうだよ。アトリまで殺されちゃうって。
ぼくらと一緒にいなよ。ねぇ、一緒に行こう?」
「アキ、無理強いは駄目です。
これはアトリさんが決めること。
それに……私もアキも、『オリゾンテ』です。ここにいる事が必ずしも安全とは……言い切れません」
無言の時間が流れる。
「……皆、うちの世界に一緒に行こ?
うちの世界なら、戦争なんてないし、キレイな自然もあるし、
……あ、あの、ここから20年前やから、ちょっとダサいかもしれんけど……」
ハイネが勇気を出して提案した言葉に、仲間達はきょとんとする。
俯くハイネを見つめるユーファが、彼女の顔を覗き込んだ。
「それもえぇなぁ。けど、俺らだけが行ったんじゃ不公平や。
こんな世界、投げ出してやる!って連中はぎょーさんおる。
お前はそいつら全員の面倒を見れるか? お前の世界はどうなる?」
「それはっ……」
「ユーファさん、そのくらいで。
……ハイネさん、私達は大丈夫ですよ。
とにかく今は、ハイネさんのために『レムリアさん』って方に会わなければいけません」
「で、でも、うち……、皆に迷惑を……」
「馬鹿言うなや。俺達は少なからず、ハイネ……お前に感謝して、恩を返したくてここまで一緒に来とるんやぞ。アトリは知らんけど」
「なっ! 私とてハイネがここまで来なければ、今頃とっくに焼け死んで……!」
「ほらな。だからいらん心配すんな、ハイネ」
ハイネは詰まっていた息をようやくゆっくり吐き出す。
そうしてから、立ち上がった。
「わかった。行こ、皆。ダインスレフへ」
胸元の懐中時計を握りしめ、荷物を背負って宿を後にした。
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