「クレイズ先生、ほんまにありがとうございました。
これでうち、安心して元の世界を目指せます!」
ハイネは深々と頭を下げる。
「ひとまずは、君の世界の場所を特定できてよかった。
あとはこれを持って“黒の国”を目指すといい」
手渡されたのは手紙のようだ。
宛名には“レムリア・クルーク”と書かれている。
「そこの研究機関は僕の古巣でね。今はその時の同期だった友人が所長をしているんだ。
元の世界へ帰るには長い旅になるだろうから、その間に使う転移用の多大な魔力は彼に工面してもらうといい。
友人のよしみだ。少しくらい恵んでくれるだろうよ。
最近、ホムンクルスっていう魔力増産の技術が軌道に乗ってきたみたいだからね」
「何から何まで……」
「あと、これお土産。失くさないように、大切にするんだよ」
クレイズに差し出されたのは、あの懐中時計だった。
「えっ、でもこれ……」
「いいよ、君にあげる。煮るなり焼くなり好きにしてくれ。
突貫だけど、少し内部を弄って座標を埋め込んでおいたから、一定量の魔力があれば君の世界のカイヤと短時間だけど通信ができるはず。
まさかあの観測器を持ち歩くわけにはいかないからね。
あと、心ばかりの僕の魔力も込めておいた。使い方は慎重にね」
「う、うち、こんなにしてもろても……」
「いいんだ。僕の感謝の気持ちだから。
また娘の声が聞けて……、本当に、嬉しかった」
ハイネは懐中時計を受け取り、首から下げて懐に仕舞い込む。
「それじゃ、元気でね。
向こうに帰ったらカイヤによろしく」
「ありがとうございました……!
クレイズ先生も、元気でね!」
「“向こう”でまた会えるさ、きっとね」
学校の正門でクレイズに送り出され、ハイネは仲間を引き連れ、手を振って出発する。
その姿が見えなくなった頃に、クレイズはよろめいて膝をつく。
「兄さん!」
後ろから駆け寄ってきたクラインが座り込むクレイズを支える。
「はは……。正直もう、立つ力もないや……」
「まさか……」
「本気出したら千人分くらいの魔力はあるかなって思ったけど……そうでもなかったみたい。
でも、気休めくらいにはなるだろうよ……。
僕の魔力の機構ごと、まるごと全部引き抜いて入れておいたから、あとは使い方かな……」
「兄さん、それはつまり、……」
「もうね、思い残す事、ないんだ。
あとはあの子に、託すから、全部全部……――」
戦争で無駄死にするよりは、いいだろう?
こんな忌々しい混血の魔力でも、どこか遠くの娘の笑顔に繋がるのなら……――
この命は、そのために使わせてもらうよ。
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